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06/29 大学のホームカミングデーに参加して
06/10 鼠径部ヘルニア手術顛末記
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大学のホームカミングデーに参加して

 私が卒業した北海道医療大学にはいわゆる小・中学校にあるPTA組織に似た「北海道医療大学父兄後援会」という組織がある。お預かりした大事なお子様の勉学や困りごとの相談など御父兄と緊密な連携のもと学生生活が安心して送れるようにしていく趣旨で33〜34年前にできた。当時は全国に沖縄、九州、中・四国、関西、関東、東北支部があった。その後北海道内に4支部が設置され現在全国10支部の組織になっている。
 私はたまたま長男が在学していたこともあり立ち上げの時から中・四国支部長を拝命している。当時は薬学部と歯学部しかなく、東北は薬学部の1期生のM先生、歯学部1期生の私と他支部は学生のご父兄が担当されていた。
 6月19日に全国支部長会議があり札幌に出張した。私は昭和53年に大学に入学したがその時は妻と3歳、1歳の二人の息子を連れて北海道に渡り、最初の2年間教養課程は釧路の近く音別町で学びその後札幌の隣町、当別町に引っ越した。7期生以後は教養課程も当別校舎となった。
 この度の出張には家内を同伴し、家内は30年振りに当時仲良くしていたお友達と再会できて良かったようだ。
 支部長会議では大学の現状や学生の国家試験結果、来年度の入学試験の日程さらには2028年に北広島市の日本ハムファイターズのエスコンフィールド横への移転の話などを聞いた。また毎年10月〜11月にかけて各学部の先生方と事務局が全国の支部を周り、ご子弟の成績や生活状態、ご父兄の心配事などについて懇談する一大イベントの地区別懇談会についても説明を受けた。中・四国支部の懇談会は10月17日(土)と決まった。
 学園経営にも少子高齢化の波が押し寄せていることを痛感した。会議後、懇親会があり理事長、学長、学部長をはじめ他学部の先生方や各支部の先生方といろいろ話ができた。
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 翌日、当別校舎を訪れホームカミングデーの行事に参加した。卒業生のご家族の同伴もOKということで家内を連れていく。昭和59年3月に卒業してから2回ほど大学を訪れたが懐かしかったと同時に多くの学部や学科が作られたことにより建物も多くなって道に迷いそうであった。
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 大学の現状を学長が話された後、YOSAKOI ソーランに出場したチーム「桜雅」の演舞が披露された。その後中央講義棟の10階に案内してもらい、広々とした畑などが一望できた。
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 その後学生食堂で学食をごちそうになる。メニューは前もって3種類の中から選んでメールにて知らせておいた。鶏のから揚げ・みそ汁・ご飯であった。
 食後は各学部に分かれ実習室や講義室を案内してもらう。講義室では中央列一番前の右端が学生時代の私の定位置であったのでそこで学部長(14期生のI先生)のお話を聞いた。実習室はとても懐かしく指導医に小突かれながら頑張った記憶が甦った。
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 その後学内では大学祭「九十九祭」が開催されており見て廻る。この大学祭には父兄後援会の各支部がその地域の名産などを出品し、その地区出身の学生が来場者に販売している。中・四国支部は毎年島根県の名産「赤天」出品して、学生が赤天バーガーなどに加工して販売していた。
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 丁度、理事長も来ておられ、3期のF先生、4期のT先生と一緒に記念写真を撮って貰った。
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 午後3時前に会場を後に札幌市内のホテルに帰り、18時に同期のF先生ご夫妻と一緒に札幌駅前のビル内にあるお寿司やで食事をしながら懐かしい話に花が咲いた。
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 翌日10時過ぎにチェックアウトし新千歳空港に向かう。お土産を買い、クレジットカードで入れるラウンジが4階にあることを教えて貰い、そこでゆっくり飛行機の離着陸を見ながら過ごす。到着便が少し遅れたことより15分遅れて出発。途中本州上空は厚い雲でおおわれて雲以外何も見えず。広島空港着陸少し前に雲の間から地上が見えた。
ほぼ定時に広島空港に到着し、無事家に帰り着いた。

2026年06月29日

鼠径部ヘルニア手術顛末記

 昨年10月頃、脚の付け根いわゆる鼠径部両側に丸いコロコロした物が触れる様になった。痛みも無くなんだろうなと思っていたが気にしなかった。ところが3月の終わり頃から時折、痛みの様な物が感じられ、家内に何か出来ているようなのだが何だろうと聞いたところそれは脱腸ではないかという。所謂、「鼠径ヘルニア」であるらしい。それで近くの「かかりつけ医」のF先生のところに行き、JA尾道総合病院への紹介状を書いて貰った。
 4月30日にJAの外科を受診し間違いなく鼠径部ヘルニアと診断された。担当の先生からヘルニアは自然に治ることも、薬で治療する方法もなく手術しか無いことを伝えられた。そして手術としては腹腔鏡手術で、おへその場所に穴をあけそこから腹腔鏡(カメラ)を入れ、さらにおへその左右に鉗子などの器具が入る穴をあけて、ポリプロピレン製のメッシュを筋膜の弱い部分(ヘルニア)の内側に挿入し、ヘルニアの穴を内側から補強する手術だと図を描きながら説明を受けた。
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 また「鼠径部ヘルニア手術を受ける前に」というパンフレットもいただいた。中にヘルニアの起きる種々の原因が記されていたが、私の場合年を取ったことによる筋膜の老化ではないかと思った。6月1日入院、6月2日手術と決まり、術前の検査を受けて帰宅した。担当医の先生によると最近鼠径ヘルニアの患者さんが多いとのことであった。
昨年の9月10日から9月19日まで右腎臓癌の部分切除術を受けJA尾道総合病院に入院してから1年も経たないうちにまた入院とは情けない。今回は癌などの重篤な病気でないので少し気が楽である。
 6月1日、朝10時前に家内の運転する車でJAに到着。今日は少し駐車場が空いていてスムーズに駐車出来た。入退院センターに行き色々書類を提出。その後、全身麻酔下で手術を行うために麻酔科で診察を受ける。特に問題は無かった。病院の食道で昼食を済ませ13時に入院センターに行き掛かりの人が病室まで案内してくれた。
6階B棟656号室であった。昨年は5階のA棟であったが今回はB棟のため海は見えないが山の緑が綺麗で久山田の陽光台団地や国道184号線沿いの栗原町の家並みが見えた。
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 病室で担当の看護師から入院後のタイムスケジュールや、入院のしおり、麻酔の副作用としての「せん妄」の説明を受けた。また薬剤師さんから夜21時に下剤を飲むこと、手術後の痛みなどに対する鎮痛薬服用の説明を受け、さらに手術場の看護師さんからも説明を受けた。
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台風6号が近づいてきており明日は雨の様である。9時に消灯し眠りにつく。
 6月2日、4:30に目覚める。6時に起床、体温36.5℃、看護師が来て血圧測定、今日は朝から食事無し。8時からは水を飲むのも禁止となった。廊下を10周し、シャワー浴をした。9時前に担当医のN先生、F先生が個別に来て今日頑張りましょうと応援してくださった。
 おへそを切開するために看護師さんがおへその垢をきれいに取ってくれた。さらに別の看護師が来て綺麗になっているかの確認をしていた。
 11時30分手術室に向かう、家内がエレベーター迄見送ってくれた。手術台に上がり手足を固定された後、麻酔薬を注入され2〜3分で意識がなくなった様だ。
術後病室に戻ったようで、17時30分頃意識が徐々に戻ってきた。うとうとしながら過ごしたが台風6号の風雨が強く夜中0時頃が一番強かった様だ。眠ろうとするが手足や身体に色々の器具が装着されていて身動きが出来ない。同じ姿勢で横たわっているので、腰と背骨が痛くとうとう一睡も出来なかった。病気や、年老いて寝たきりになるといことはこんなに辛いのかな?
 6月3日、夜中じゅう寝れず1時間おきに看護師さんが来て水を飲ませてくれる。身体が痛いと言って少し体位を変えて貰ったがどうにもならない。5時半に採血される。6時過ぎに血圧、体温測定をして貰う。
8時頃全粥の朝食が出てなんとか完食した(37時間ぶりの食事である)。9時前に担当医の先生が傷口を見に来て「問題ない」と言われホットした。その後看護師さんがきて、酸素濃度測定器、心電計、血圧計のカフ、両足のマッサージカフを外してくれた。腰と背骨があまりにも痛いので麻酔の点滴を追加して貰う。これによりだいぶ楽になったし、寝返りも打てる様になった。
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その後看護師さんと手をつないで尿バックを持って廊下を歩いたが無事歩けたので導尿管をぬいて貰った。その管をぬくときの痛みは半端ではなかった。その後痛みは徐々に和らぐが4日間くらい続いた。15:40頃家内がアイスクリームとプリンを持った来てくれた。それにしても「おなら」は出るのだが、「便」はまったく出ない。
   診療室裏の家庭菜園野菜は台風でどうなったのか気になった。
 6月4日、6時半起床、夜中に一度トイレにいく、鼠径部は動くといたい。切開部はそうでもない。N先生が朝様子を見に来てくれた。体を動かしたり歩くように言われ、廊下を午前中10周し、午後にも10周した。合計で3.8kmであった。明日退院することが決まった。それにしてもまだ便がでない。看護師さんにそのことを言ったところ、担当医に報告して下剤が7日分処方された。
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 6月5日、2時頃から目が覚めとろとろしていた。看護師さんにまだ便が出ないと言うがなにも反応がない。これで丸4日以上「糞詰まり」である。
9時過ぎに家内が迎えに来てくれて10時に会計でお金を払い無事退院する。しかしとうとう便は出なかった。
ここでお話は終わりではない。続きがある。

 家に帰ってきたが少しお腹が張って痛くなってきたがトイレに座っても便は出てこない。手術後はあまり腹圧を掛けないようにと言われておりお腹に力を入れることが出来ない。それでコレは摘便しかないと判断し右人差し指に油を塗って肛門の中に指を突っ込んだ。中に堅い便の塊がいっぱいある。30分ほどやって少しは塊が取れた。しかし何時もの様に便はでない。立ち上がると下痢便の様な物が少しづつ勝手に出て来る。肛門はポコッと飛び出しており、肛門を締めることができない。トイレのシャワー温水「おしりソフト」のキーでしかも一番緩い水圧にして洗うが、歯を食いしばるほど痛くて仕方が無い。下痢便様のものが私の意思に反して少しずつ垂れてくる。
 大人の紙おむつをして少し横になり様子をみるが、起き上がるとまたさっと垂れてくる。それでJA尾道総合病院に電話をしてみたところ、主治医は現在手術中で対応できない、近くの医院で見て貰ってくれとのこと。ところがかかりつけの医院は5月30日をもって閉院され行くあてがないと返答し、もう少し待つと言って電話を切った。15:30頃JAより電話があり、手術が終わったので診てくれるとのこと、家内の車でJA尾道総合病院に駆け込む。担当のF先生が見てくれて、痔が出ている様だといってキシロカイインジェリーを塗って肛門を押し込んでくれた。大腸に4日分以上の宿便が溜まっているので出して欲しいとお願いしたところ浣腸をすることになった。看護師さんが薬剤を入れ5分ぐらい我慢して出さないでくださいと言われたが入れて30秒ぐらいで私の意思に関係なく便が勝手に吹き出してくる。10分ほどで収まってきたのでおしりを拭いて貰い新しい紙パンツに交換して貰う。
 6月8日に再診の予約をして処置室を出て帰りかけると急にもよおしてきてトイレにかけこむが少し間に合わなかった。しかしそこでトイレに座って少し経ったところで急に便意を催した。少し力を入れたところ「どばっ」と残っていた便が全部出た感じですっきりした。JAから院外処方箋を貰い肛門内に入れる塗る薬と腸の運動を活発化する飲み薬を出して貰った。本当にとんでもない1日であった。なお6月6日、6月7日と便は垂れては来ない、排便も少しずつある。

2026年06月10日

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