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4月といえば日本では新入社員の入社式が全国的に行われる。私も今から55年前(1971年4月1日)に茨城県日立市の小平会館で日立製作所の入社式に臨んだ。1,500名近くの大卒男子社員で本社採用であった。当時中学・高校・及び女子の大卒は各事業所採用というシステムであった。今は一緒ではないかと思う。その後10日ほど研修を受け正式に各事業所に配属された。私は日立研究所第4部に配属となる。同期は全部で44人であった。そして日立研究所1971年入社同期会、通称「日研71同期会」が結成され、年に1〜2回飲み会が行われていた。
しかし私は7年間しか日立製作所には在籍しないで歯科医になったので当分行方知れずということになっていた。同期の誰かが「さいだ歯科医院」のHPを見つけて連絡をくれた。そして2008年2月1日に研究所のすぐ下にある日研クラブでの同期会に出席をした。30年ぶりの再会で会った。その後何回か同期会に出席した。前回はコロナ前で、長野県上田市の別所温泉にある同期のY君の実家の温泉宿で会ったのが最後で今回は入社55年目、皆と初顔合わせをしてから55年たったということになる。 4月17日の朝、新尾道駅9:18の「こだま号」に乗り、福山で「のぞみ号」に乗り換え品川まで行く。途中山頂に雪の残る富士山を見た。品川からは常磐線の特急「ときわ号」に乗りかえて水戸に向かう。途中懐かしい駅の名前がいっぱいあって昔を思いだす。そう言えば昔、常磐線は上野駅の20番線が始発駅であったが今は品川駅になっているのに驚く。利根川を過ぎたころから左手に筑波山が見え出しこれも懐かしい。土浦付近迄は畑などは見当たらず住宅地が広がり随分と開発されているのに驚いた。土浦を過ぎると線路沿いにレンコン畑が見えてきて懐かしかった。 14:45に無事水戸に到着。駅すぐ横の「JR東日本ホテルメッツ水戸」にチェックインをした。ところで最近の新幹線や特急列車では車内販売がなく、昼食を食べ損なっていたのでホテル横のコンビニで「あんパン」を買って食べる。その後15:34水戸発の列車で同期会が行われる勝田にむかう。6分ほどで到着。駅前の居酒屋「いろはにほへと勝田店」に向かう16時開始だったが私が一番乗りだった。その後みんながやってきて総勢10人になる。幹事のT君に聞くと連絡先が判るのは23人とのこと。何人かは他界し、後は不明とのこと。日立を辞める時送別会を開いてくれた同じ4部のM君には48年振りに会った。面影が残っておりすぐに名前を思い出す。どの顔も年齢を刻んで味わい深い顔であった。 飲みながら一人ずつ現状を報告しあった。まだ働いている人、病気をしたとか、奥様をなくして一人で生活している人などがいて驚くことしきり。2時間ほど飲みながら楽しく過ごして散会となる。2年後くらいにまた集まろうという話になった。是非とも参加したいものである。私を含めて三人が水戸に戻ることになり、他の人たちは日立市や東海村などに住んでいるためここで別れた。水戸駅に着いたがまだ19時過ぎだったので駅構内の居酒屋でもう少し3人で飲んで話しをした。ホテルに戻り早めに床につく。 翌日は水戸12:27発の特急「ひたち号」に乗って帰るため少し時間があり、水戸市内を歩いて散策した。駅前の水戸黄門さん銅像を見たり、水戸黄門神社、二の丸角櫓、大手門、弘道館を見たが朝早くて中には入れず外から見た。
弘道館の隣が三の丸小学校で塀に弘道館建学の精神が掲げられていた。「教育によって人心を安定させ 教育を基盤として国を興す」忠(誠実さ)恕(思いやり)仁(人間愛)、水戸市立三の丸小学校 とあった。 さすが水戸学発祥の地である。校門で生徒を迎えている先生がいらっしゃったのでその先生に「素晴らしい校是ですね」といったところ、「弘道館の場所ですから」と返事が返ってきた。日本全国このような方針で教育をしていただくと今のように荒んだ国にはならないであろう。ところでなぜか水戸では土曜日だというのに小・中・高の生徒達が登校していた その後国道50号線に沿って歩き偕楽園に行く。常盤神社側の東門から入る。 まだ時間が早かったが受け付けの職員さんに聞くとOKとのこと、しかも9時前なので入場料はいらないとのこと、少し得をした感じ。 梅も桜も終わり、邸内つつじが咲いてきれいであった。今回は土手を降りて常磐線の脇まで行ってみた。その後歩いてきた道を帰るが、幕末に藩校「弘道館」を開かれた徳川斉彬公の銅像が道端に飾ってあったりした。またカラーマンホールが2種類あった。
ホテルまで帰り荷物をかたづけて11時前にチェックアウトをした。駅の売店でお土産を買い、吉野家の牛丼を食べて昼食とした。12:27水戸発の特急「ひたち号」に乗り品川に向かう。この「ひたち号」には驚いた。水戸を出発すると次の停車駅は上野であった。昔の特急と同じだが昨日の特急「ときわ号」は昔の急行列車とほぼ同じ停車駅であることに気が付いた。終点品川で降りて14:19発の「のぞみ号」で岡山に向かい、岡山で「こだま号」乗り換え無事18:23新尾道に到着ほっとする。それにしても9時間で水戸から尾道まで帰り着くのには正直驚かされた。それでも老体の私には少しきつい旅であった。
2026年04月23日
毎月購読している「致知」4月号に生涯現役というインタビュー記事が連載されている。 今回は『素直で明るくあたたかく』と題して92歳の健康同情コスモポート代表吉丸房江さんのことが記されていた。 少し転載させて貰うと 「自身が立ち上げた健康道場で、約50年にわたり訪れる人を健康へと導いてきた吉丸房江さん。90の坂を越えたいまも年齢を感じさせない若々しさで現役を貫いているが、かつては自身の将来に希望を見出せない時期もあったという。 運命を変えた転機と独自の健康哲学を交えて、幸せな人生を築く心得を伝授していただいた。」 (─吉丸さんは、健康道場コスモポートを主宰して、訪れる人の健康づくりのお手伝いをなさっているそうですね。) (吉丸) 約50年前に、健康な日々を重ねたいという一心から、福岡県糸島市前原町に設立しました。 お越しいただいた方には、おがくず風呂に入っていただいて体をしっかりあたためてもらいます。直径5メートル、深さ1・5メートルのお風呂に檜だけのおがくずが千俵入っていましてね。 そこにコスモ酵素を浸透させて自然発酵させ、ガスも電気も使わないで中心温度を七十℃まで上げ、首まですっぽり入ってもらいます。すると遠赤外線効果で骨の髄まで体があたたまるし、体内の循環がよくなって老廃物が出てくるのです。 (─とても気持ちよさそうですね。) (吉丸) 檜のエキスは素晴らしい浄化力を持ち、香りで脳をリラックスさせます。檜ってほとんど日本にしか生育していなくて、昔から檜のお風呂に入れば無病息災って言うくらい素晴らしい木なのです。 それから、がんは体をあたためることが大事。生活習慣病になる人は基礎体温が低い人が多いのです。基礎体温が一℃上がったら免疫力が70%、人によっては百%上がるという人もいます。そして基礎体温が高い人はがんや伝染病になりにくいのですよ。おがくず風呂で体を芯からあたためてもらうと、疲れや不調が緩和されて元気になって帰っていかれるのです。 (─吉丸さんご自身もとてもお元気そうですね。今年92歳をお迎えになるとはとても思えません。) (吉丸) 元気だけが取り柄ですからね(笑)。「何を食べてるの?」ってよく聞かれるけど、私は梅干しが大好き。それからご飯とお味噌汁。特に梅干しは万能薬だから、自分で毎年100キロ漬けています。私が梅干しの効能を話し始めたらあなた、きょうは帰れなくなるわよ(笑)。 それから私は、畑もちょっとやってるの。蒔いた種が芽を出すと嬉しいし、檜のおがくずを肥料にしてるから、育った野菜はキラキラ光ってる。「ご自由にお持ち帰りください」って、玄関に置いておくの。」と書かれていた。
この記事を読んで「檜のおがくず風呂」という言葉に興味が湧き、こんな記事が載っていたよと家内に見せたところ、尾道向島にも似たような風呂がある。しかも家内の中学時代の同級生の娘さんがやっているという。そこで家内にどんな風呂か体験かたがた観に行って貰った。それは生の米ぬかを発酵させた物で、丁度鹿児島県の指宿にある砂湯のような感じだという。そしてものすごく良かったというので。二人で「お宿ぬく湯 元気酵素風呂 尾道」に出かけてみた。 パンフレットに「米ぬか酵素風呂」についての説明があった。 「米ぬかが発酵するときの自然熱を利用して身体を温め、自然治癒力を高めて健康な身体づくりへとお手伝いする入浴方法です。発酵熱は60℃前後まで上がりますが、体感温度は40℃前後で心地よい温かさです。当店では全国でも珍しい生の米ぬかを100%使用しているため匂いも少なく、美容効果も高いのが特徴です。是非一度ご体感ください!」とあった。 酵素風呂の効能として免疫力向上、デドックス、体質改善、美容効果、ダイエットなどが上げられている。使用済みの米ぬかは肥料として再利用するとのこと。 入浴前に風呂の入り方について説明をしてもらい浴衣に着替えて浴場に行く。 入浴するとき少し熱めをお願いした。係の方が身体全体にしっかりと米ぬかを乗っけてくれた。結構重さを感じた。更にタオルで包んだ米ぬかを目の上にも置いてくれた。最初はそれほどでもなかったがだんだん暑くなり12〜13分位が限度で終了した。 身体についた米ぬかを払い落とし、シャワーをして上がった。身体の芯まで温まって身体が本当に軽くなった感じがした。聞くと開業して3ヶ月だという。家内は結構はまったようだ。 これからはお客様が増えるのではないだろうか。
2026年04月05日