AM9:00〜PM0:45PM2:00〜PM6:20
木・日・祝日
24日のクリスマスイブの日、少し時間が取れたという事で21日からロードショウになった「レ・ミゼラブル、(ああ無情)」を福山大黒座に観に行った。昔、子供の頃に「ああ無情」は本で読んだことがあったが、筋はうら覚えで、「教会で一夜を泊めてもらったが、銀の食器を盗んで逃げる。ところが警察につかまり、司祭の所に連れて行かれる。しかし司祭は全てを承知の上で銀の燭台までもあたえる。その後悔い改めて市長になるが執拗に彼ジャン・バルジャンを追うジャベール警部はある日、馬車が横転しその下敷きになった老人を助ける市長の姿を観て彼が長年探していた囚人のジャン・バルジャンと確信する・・・」というところまでは記憶があったので、映画の前半部分はよくわかった。しかし、いくら思いだそうとしても、その後の物語の展開が思い出せず、この映画で初めてその後の展開と結末はこうだったのかと知った。 映画自身はミュージカルでセリフも歌だったが、割合ゆっくりと歌っていたので少し歌詞が聞き取れた。ところで通常のミュージカル映画の撮影は、事前に歌をレコーディングしておき、その歌に合わせて口パク演技をするのだそうだが、この映画では気持ちの高ぶりや、心の揺れ動きが表現できないという事で、全編、ライブで撮影を敢行したとのこと。その分画面の迫力が直に迫ってくる感じがした。 ところで私が観た16:00からの回は特別なイベントに組み込まれていた。何も知らないで行ったのだが、イブと言う事で前もって予約をし、映画の後、フレンチのコースディナー付き、プレゼント付き、料金10,000円の企画がされていた。私は普通の観客として映画鑑賞をしたのだが、席は少し端の方へはしょられた。しかし映画の上映前、映画の中で歌われる曲、2曲を舞台の上で電子ピアノと、クラリネットで生演奏するイベントに参加できた。 しかし残念ながら映画のどの部分で歌われた曲なのか理解できなかった。 また映画終了後、映画館近くのお食事処「ふな家」で食事をした。ところが驚いたことに、先程の映画のフレンチディナーがここで行われるとのこと。また和食の店でフレンチにも驚いた。さらにディナー中、歌手が来て、映画の中の曲を2曲、生歌で歌っていた。おかげで私たちもその曲を聴くことが出来、プレゼントこそは無かったが、イベントのほとんどのサービスに無料で参加できて良かった。 子供たちも大きくなり出て行ってしまうと、クリスチャンでない私たちにはクリスマスイブは何の関係もないのだが、今年ばかりはお得なクリスマスイブをした気になり嬉しかった。
2012年12月26日
今年も残り2週間を切った。そろそろ新聞紙上に今年の十大ニュースが発表されるであろう。いち早く今年を振り返ってみる。大きなイベントや、些細なことまで色々の事が思い浮かんでくる中、どれが1位でどれが10位と必ずしもはっきりと順位付けは出来ない。 私の独断と専行でとりあえず羅列してみる �@ 開業25年が過ぎ、古めかしくなっていた診療室を5月のゴールデンウイークに、床と壁と診療台をリニューアルし、7月に天井の塗り替えをして、患者様に快適な空間を提供できるようになり、無事開業26周年を迎えることが出来た。 �A 3月末に長男一家が3人の孫を連れて沖縄に移住した。それまで当たり前に近くにいた孫たちに急に会えなくなったのが寂しいが、フェイスタイムのTV電話で何とか顔を見、お話をして成長を見守っている。 �B 私も家内も3月に高齢者の仲間になった。ニュースなどで団塊の世代と呼ばれる走りである。これからは年金・医療の費用を圧迫する側に回ったようで心苦しい。出来るだけ健康管理に気を使い、世の中の厄介者にならない様にしなくてはと思う。 �C 8月に父親の7回忌を行い、9月に2年半仏壇においていた母親のお骨(喉仏)を京都西本願寺無事納骨出来た。 �D 4月に脳のMRI検査、11月に胃の内視鏡検査を行う。脳のMRI検査では特に緊急を要する所見がなくほっとしている。11月には胃の内視鏡検査では2年前にポリープ切除を行ってもらった時に2年したら検査に来て下さいとお誘いを受けていた。6個ほど新たにポリープができていた。切除し病理検査もしてもらったが異状なしである。大腸検査は3年に1度して下さいと言われているので、来年はしなくてはならないのだろう。 �E 孫たちの成長が著しく楽しみである。沖縄に行った孫たちは今年7歳・5歳・3歳で女の子だが七 五三の年齢に合うため記念写真を寄こしてきた。そして一番上の7歳の孫は今年小学校1年生。 産まれた頃の記憶がまだまだリアルなのにもうこんなんになったのかと驚く。一番下の孫は二男の子供で2歳1カ月になるが、最近とみに言葉が発達し、母親が大阪人のためか、何か気に入らない事あるごとに「あかん」・「あかん」を連発し、我々の笑いを誘っている。 �F お盆休みに台湾旅行をし、マッサージ三昧と、大伯父の足跡を訪ねた。大伯父の著した「台日新辞書」・「台湾習俗」の復刻版を手がけた、南天書局の魏編集長と懇意になる。 また吉田初三郎の描いた鳥瞰図が載っているグラフ誌「HIROSHIMA」を探してほしいという魏編集長の宿題は、本物は見つからなかったが図録を探し当てお知らせ出来た。 �G 産まれて初めてカープの試合初観戦。今年は夏の終わりまで良い線行っていたのだが最後力尽き、クライマックス戦に行けなかったのがフアンとして残念であった。 �H 6月、尾歯会の会員旅行で大阪に行き劇団四季を観劇、7月、大学の父兄後援会役員会で札幌、9月、母親の納骨後、家内と京都観光、10月には名古屋で同期会と振り返ってみるとちょこちょこ旅行もしている。特に7月末、札幌に行った時、同級生の渡辺孝一君に会い、2日後に岩見沢市長を辞職し、来る衆議院選挙に立候補することを聞かされた。選挙地盤の北海道10区は自公連立で公明党が出馬することで話し合いが付いており、無所属ででも出馬すると言っていた。どうなる事かと心配していたが、この度の選挙では北海道ブロックの自民党比例の名簿第1位に登録され無事当選を果たした。同級生が国会議員とはびっくりである。 中央が当選した渡辺衆議院議員 �I 一番ストレスのたまる歯科医師会の会務を何とか無事にこなした。この件が家族に一番迷惑をかけていることと思っている。
2012年12月21日
先日いつもメンテナンスに通って来られる、Kさんが帰り際に、「先生、今日が診てもらうのが最後だ」という。「どうしたの?」と聞くと、Kさんは「もうすぐ87歳になるので運転免許所を返すのだ」という。 Kさんは平成3年に初めて来院された。「退職したので今までは職場近くに行っていたが、これからは宜しくお願いします」と言われた。最初の頃は口腔内にトラブルが出ると来院される方でしたが、ここ5年くらいはメンテナンスに定期的に通ってきていた。 そういえば2年くらい前に「今年から米つくりはやめたのだ」という。一人暮らしで、子供たちも遠くにいらっしゃる様で、全て一人で家事をこなしていた。かなり田舎に住んでいらっしゃるので、免許を返したら買い物も不自由になるのでは思う。それでも私は「春になって暖かくなったら自転車に乗ってきてください」「そして動けなくなったら往診に行くよ」と言うのが精一杯であった。 高齢化が進む中、先月、中国新聞に過疎化する団地の取材記事が出ていたが、団地でなくても、もともと過疎に近い所に住んでいると、交通手段を奪われると買い物や、医療に支障が出てくる。遠い、よその話と思っていたが、急に身近な問題に思えてきた。 ところで今年の2月にワニブックス(PLUS)新書で『なぜ、「かかりつけ歯科医」のいる人は長寿なのか?』という本が出版された。この本は東京都港区芝歯科医師会が東京都多摩市と多摩歯科医師会との協働で都市部に住む65歳以上の在宅高齢者を2001年から「かかりつけ歯科医」がいる群といない群分けて13,066名を追跡調査した結果、 治療だけでなく、予防からメンテナンスまで定期的にプロフェッショナルケアをしていると 1、 長寿である。 2、 自分の生活に満足している。 3、 介護認定を受ける率が低い。 4、 生活自立度が高い。 5、 お出かけ好きである。 6、 友人とのつきあい、ご近所づきあいも活発 7、 かかりつけ内科医もいて、健康管理に留意 という結論が得られたと書いてあった。
今までKさんは「さいだ歯科医院」をかかりつけとして来院されていたせいか、まさに本の結論通り、すこぶる元気であった。しかしこれから免許を返納してメンテナンスに通って来られなくなった時、どのような結末になるのか心配である。
ところで飲み屋さん等ではボトルの1本もキープしていると「いきつけの飲み屋」という表現があるようだが、歯科でも「いきつけ歯科医」という表現があるようだ。 「いきつけ歯科医」と「かかりつけ歯科医」という表現では、少しニュアンスが異なっている感じがする。 私的には、「いきつけ歯科医」は、トラブルが発生するといつも同じ歯科医院にかかる事で、「かかりつけ歯科医」の場合はトラブルが発生しなくても、定期的にメンテナンスに通ってケアを継続していくことではないだろうかと思う。 なお世間ではインターネット検索をすると、断然「かかりつけの歯科医」という表現が大半を占め、われわれ歯科医だけが「かかりつけ歯科医」と表現しているようだ。 それにしても医療費が毎年3兆円以上も増加する現状から見れば、予防のために「かかりつけの歯科医」を持って元気で活き活き生活を送ることの大事さを、歯科医師会は一般市民の方に向けてもっと積極的に情報発信をすべきではないだろうか?
2012年12月06日