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最近の記事
05/11 農作業漬けのGW
04/23 日研71同期会に参加して
04/05 米ぬか酵素風呂に入る
03/17 春この頃
02/23 社会保険料
外部グログ

大先生(元院長)のブログ

農作業漬けのGW

 「さいだ歯科医院」は完全週休2日制である。つまり日曜、祝日の他、基本的に毎木曜日が休みである。今年のGWは4月29日が昭和の日で翌日30日は木曜日で休み、5月3日から5月6日までがGWの休みであったが「さいだ歯科医院」は7日が木曜日ということで休み。つまり5連休であった。ただ残念ながら私はどこにも行く予定がなく毎日畑仕事に追われた。僅かな家庭菜園のため収穫すると次の野菜類を植えることになる。
 4月25日(土曜)に早生のタマネギを収穫した。今年はできが良くて大きな玉が出来ていた。翌、日曜日雨の予報であったがなんとか午前中は保ったので肥料を蒔き耕耘機をかけて畑の準備をする。この時点でGWの天気予報は雨マークが多く出ていた。
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 29日昭和の日に朝8時から14:30まで何をどこに植えるか算段し区割りをして畝を作りトマトとキュウリの予定地にマルチを張った。翌30日は終日雨であった。5月2日土曜日の昼休みにイケカク種苗店に行き、ナスビ5本、キュウリ6本、シシトウ2本、ピーマン2本を購入、仕事終了後畑に植えた。トマトは岩子島のI様からミニトマトの苗を少しいただくことになっていたのでそれまで待つことに。
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 5月3日朝は雨がふってなかったので8時ころから畑に行き、ジャガイモ畑の草取りをする。我が家の畑は古い家を壊してできた跡地に真砂土を入れて畑にしたために小石が多い。草をとると土が湿っていて根っこに土がついてくる。これをそのまま捨てたのではだんだん畑の土が無くなっていくので、何時もの様に抜いた草をステンレスの丸いふるいに入れ、少し草がたまるとふるいをゆらし、土はその場に残し草と石に分けて草を捨てる。ふるいに残った小石は畑の隅に捨てる。これを繰り返すためにジャガイモ畑の草取りに4時間以上かかる。途中少し雨が降ったり止んだりしたが何とか終わらすことができた。
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 4日は午後から畑に行きモロヘイヤとオクラの種を植える。その後3月22日に植えたホウレンソウ畑の草取りをする。秋に植えると草もそんなに生えないし、虫もそれほどいないが春の今時分は草がどんどん育ち青虫もいて葉っぱを食べている。
草をとりながらホウレンソウを間違って引き抜いたり、傷つけないように細心の注意を払いながらやった。0.7m×4.2mの畑の草をとるのに4時間掛かった。ほうれん草は思ったほど育っていなかった。
 翌5日朝、ホウレンソウ畑の隣のチンゲン菜畑の草取りを行う。ところで5月5日は、ここ三成地区では子供のお祭りである浦島神社の浦島さんがある。
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これはこの地方にも浦島太郎の伝説があることによるようである。毎年神輿を引いて町内を回り、「さいだ歯科医院」の駐車場で休憩をし、水分補給などをすることになっている。今年も駐車場にやってきたので子供や御神輿、付き添いの親御さんをお迎えした。参加している子供がたったの9人であり台車に乗せてやってきて「わっしょい」・「わっしょい」と掛け声をかけてくれた。休憩が終わった後見送りまた草取りを行う。
やはり4時間ほどかかる。チンゲン菜は草に隠れて良く解らなかったが昨日のほうれん草と違い多くの株が青虫にやられていた。そのあとジャガイモに化成肥料を施肥した。
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 翌6日には岩子島のI様からミニトマトの苗を5本いただいた。それでイケカク種苗店に行き。中玉4本とミニトマト2本の苗を購入して昼から畑に行き植えた。
 翌7日は世間では仕事が開始されているが「さいだ歯科医院」は木曜日で休診お休みである。朝いつものようにウオーキングをしている時、道端で草取りをしていたお年寄りを避けようとして足を滑らし転んで左の膝を擦り剥いてしまった。骨折などはないのだがズボンを引き裂いてしまう。
夕方畑に水やりに出かけた。そしたらねぎの花のところにアゲハチョウとおぼしき蝶が蜜をすいに来ている。形はアゲハチョウと思えるが見たことのない青緑色をしていてとても綺麗であった。
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写真を撮り帰ってインターネットで調べたらアオスジアゲハのようであった。インターネットによると日本には20種類ほどのアゲハチョウが生息しているのだとか。このアオスジアゲハは本州・四国・九州・沖縄に生息しているらしい。それにしても本当に綺麗であったし、ねぎの花にも蜜があることをこの蝶に教えてもらった。
無事GWも終わった。

2026年05月11日

日研71同期会に参加して

 4月といえば日本では新入社員の入社式が全国的に行われる。私も今から55年前(1971年4月1日)に茨城県日立市の小平会館で日立製作所の入社式に臨んだ。1,500名近くの大卒男子社員で本社採用であった。当時中学・高校・及び女子の大卒は各事業所採用というシステムであった。今は一緒ではないかと思う。その後10日ほど研修を受け正式に各事業所に配属された。私は日立研究所第4部に配属となる。同期は全部で44人であった。そして日立研究所1971年入社同期会、通称「日研71同期会」が結成され、年に1〜2回飲み会が行われていた。

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 しかし私は7年間しか日立製作所には在籍しないで歯科医になったので当分行方知れずということになっていた。同期の誰かが「さいだ歯科医院」のHPを見つけて連絡をくれた。そして2008年2月1日に研究所のすぐ下にある日研クラブでの同期会に出席をした。30年ぶりの再会で会った。その後何回か同期会に出席した。前回はコロナ前で、長野県上田市の別所温泉にある同期のY君の実家の温泉宿で会ったのが最後で今回は入社55年目、皆と初顔合わせをしてから55年たったということになる。
 4月17日の朝、新尾道駅9:18の「こだま号」に乗り、福山で「のぞみ号」に乗り換え品川まで行く。途中山頂に雪の残る富士山を見た。品川からは常磐線の特急「ときわ号」に乗りかえて水戸に向かう。途中懐かしい駅の名前がいっぱいあって昔を思いだす。そう言えば昔、常磐線は上野駅の20番線が始発駅であったが今は品川駅になっているのに驚く。利根川を過ぎたころから左手に筑波山が見え出しこれも懐かしい。土浦付近迄は畑などは見当たらず住宅地が広がり随分と開発されているのに驚いた。土浦を過ぎると線路沿いにレンコン畑が見えてきて懐かしかった。
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 14:45に無事水戸に到着。駅すぐ横の「JR東日本ホテルメッツ水戸」にチェックインをした。ところで最近の新幹線や特急列車では車内販売がなく、昼食を食べ損なっていたのでホテル横のコンビニで「あんパン」を買って食べる。その後15:34水戸発の列車で同期会が行われる勝田にむかう。6分ほどで到着。駅前の居酒屋「いろはにほへと勝田店」に向かう16時開始だったが私が一番乗りだった。その後みんながやってきて総勢10人になる。幹事のT君に聞くと連絡先が判るのは23人とのこと。何人かは他界し、後は不明とのこと。日立を辞める時送別会を開いてくれた同じ4部のM君には48年振りに会った。面影が残っておりすぐに名前を思い出す。どの顔も年齢を刻んで味わい深い顔であった。
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 飲みながら一人ずつ現状を報告しあった。まだ働いている人、病気をしたとか、奥様をなくして一人で生活している人などがいて驚くことしきり。2時間ほど飲みながら楽しく過ごして散会となる。2年後くらいにまた集まろうという話になった。是非とも参加したいものである。私を含めて三人が水戸に戻ることになり、他の人たちは日立市や東海村などに住んでいるためここで別れた。水戸駅に着いたがまだ19時過ぎだったので駅構内の居酒屋でもう少し3人で飲んで話しをした。ホテルに戻り早めに床につく。
 翌日は水戸12:27発の特急「ひたち号」に乗って帰るため少し時間があり、水戸市内を歩いて散策した。駅前の水戸黄門さん銅像を見たり、水戸黄門神社、二の丸角櫓、大手門、弘道館を見たが朝早くて中には入れず外から見た。
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 弘道館の隣が三の丸小学校で塀に弘道館建学の精神が掲げられていた。「教育によって人心を安定させ 教育を基盤として国を興す」忠(誠実さ)恕(思いやり)仁(人間愛)、水戸市立三の丸小学校 とあった。
 さすが水戸学発祥の地である。校門で生徒を迎えている先生がいらっしゃったのでその先生に「素晴らしい校是ですね」といったところ、「弘道館の場所ですから」と返事が返ってきた。日本全国このような方針で教育をしていただくと今のように荒んだ国にはならないであろう。ところでなぜか水戸では土曜日だというのに小・中・高の生徒達が登校していた
 その後国道50号線に沿って歩き偕楽園に行く。常盤神社側の東門から入る。 まだ時間が早かったが受け付けの職員さんに聞くとOKとのこと、しかも9時前なので入場料はいらないとのこと、少し得をした感じ。
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 梅も桜も終わり、邸内つつじが咲いてきれいであった。今回は土手を降りて常磐線の脇まで行ってみた。その後歩いてきた道を帰るが、幕末に藩校「弘道館」を開かれた徳川斉彬公の銅像が道端に飾ってあったりした。またカラーマンホールが2種類あった。
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 ホテルまで帰り荷物をかたづけて11時前にチェックアウトをした。駅の売店でお土産を買い、吉野家の牛丼を食べて昼食とした。12:27水戸発の特急「ひたち号」に乗り品川に向かう。この「ひたち号」には驚いた。水戸を出発すると次の停車駅は上野であった。昔の特急と同じだが昨日の特急「ときわ号」は昔の急行列車とほぼ同じ停車駅であることに気が付いた。終点品川で降りて14:19発の「のぞみ号」で岡山に向かい、岡山で「こだま号」乗り換え無事18:23新尾道に到着ほっとする。それにしても9時間で水戸から尾道まで帰り着くのには正直驚かされた。それでも老体の私には少しきつい旅であった。

2026年04月23日

米ぬか酵素風呂に入る

 毎月購読している「致知」4月号に生涯現役というインタビュー記事が連載されている。
今回は『素直で明るくあたたかく』と題して92歳の健康同情コスモポート代表吉丸房江さんのことが記されていた。
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少し転載させて貰うと
「自身が立ち上げた健康道場で、約50年にわたり訪れる人を健康へと導いてきた吉丸房江さん。90の坂を越えたいまも年齢を感じさせない若々しさで現役を貫いているが、かつては自身の将来に希望を見出せない時期もあったという。
運命を変えた転機と独自の健康哲学を交えて、幸せな人生を築く心得を伝授していただいた。」
(─吉丸さんは、健康道場コスモポートを主宰して、訪れる人の健康づくりのお手伝いをなさっているそうですね。)
(吉丸) 
約50年前に、健康な日々を重ねたいという一心から、福岡県糸島市前原町に設立しました。
お越しいただいた方には、おがくず風呂に入っていただいて体をしっかりあたためてもらいます。直径5メートル、深さ1・5メートルのお風呂に檜だけのおがくずが千俵入っていましてね。
そこにコスモ酵素を浸透させて自然発酵させ、ガスも電気も使わないで中心温度を七十℃まで上げ、首まですっぽり入ってもらいます。すると遠赤外線効果で骨の髄まで体があたたまるし、体内の循環がよくなって老廃物が出てくるのです。
(─とても気持ちよさそうですね。)
(吉丸) 
檜のエキスは素晴らしい浄化力を持ち、香りで脳をリラックスさせます。檜ってほとんど日本にしか生育していなくて、昔から檜のお風呂に入れば無病息災って言うくらい素晴らしい木なのです。
それから、がんは体をあたためることが大事。生活習慣病になる人は基礎体温が低い人が多いのです。基礎体温が一℃上がったら免疫力が70%、人によっては百%上がるという人もいます。そして基礎体温が高い人はがんや伝染病になりにくいのですよ。おがくず風呂で体を芯からあたためてもらうと、疲れや不調が緩和されて元気になって帰っていかれるのです。
(─吉丸さんご自身もとてもお元気そうですね。今年92歳をお迎えになるとはとても思えません。)
(吉丸) 
元気だけが取り柄ですからね(笑)。「何を食べてるの?」ってよく聞かれるけど、私は梅干しが大好き。それからご飯とお味噌汁。特に梅干しは万能薬だから、自分で毎年100キロ漬けています。私が梅干しの効能を話し始めたらあなた、きょうは帰れなくなるわよ(笑)。
それから私は、畑もちょっとやってるの。蒔いた種が芽を出すと嬉しいし、檜のおがくずを肥料にしてるから、育った野菜はキラキラ光ってる。「ご自由にお持ち帰りください」って、玄関に置いておくの。」と書かれていた。

 この記事を読んで「檜のおがくず風呂」という言葉に興味が湧き、こんな記事が載っていたよと家内に見せたところ、尾道向島にも似たような風呂がある。しかも家内の中学時代の同級生の娘さんがやっているという。そこで家内にどんな風呂か体験かたがた観に行って貰った。それは生の米ぬかを発酵させた物で、丁度鹿児島県の指宿にある砂湯のような感じだという。そしてものすごく良かったというので。二人で「お宿ぬく湯 元気酵素風呂 尾道」に出かけてみた。
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パンフレットに「米ぬか酵素風呂」についての説明があった。
「米ぬかが発酵するときの自然熱を利用して身体を温め、自然治癒力を高めて健康な身体づくりへとお手伝いする入浴方法です。発酵熱は60℃前後まで上がりますが、体感温度は40℃前後で心地よい温かさです。当店では全国でも珍しい生の米ぬかを100%使用しているため匂いも少なく、美容効果も高いのが特徴です。是非一度ご体感ください!」とあった。
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 酵素風呂の効能として免疫力向上、デドックス、体質改善、美容効果、ダイエットなどが上げられている。使用済みの米ぬかは肥料として再利用するとのこと。
入浴前に風呂の入り方について説明をしてもらい浴衣に着替えて浴場に行く。
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 入浴するとき少し熱めをお願いした。係の方が身体全体にしっかりと米ぬかを乗っけてくれた。結構重さを感じた。更にタオルで包んだ米ぬかを目の上にも置いてくれた。最初はそれほどでもなかったがだんだん暑くなり12〜13分位が限度で終了した。
身体についた米ぬかを払い落とし、シャワーをして上がった。身体の芯まで温まって身体が本当に軽くなった感じがした。聞くと開業して3ヶ月だという。家内は結構はまったようだ。
これからはお客様が増えるのではないだろうか。

2026年04月05日

春この頃

 3月1日に母親の17回忌を大通寺で上げ法事行なった。終了後、ご住職より本堂の中を見学させていただき色々と説明をしていただいた。金色に輝いていてすごく荘厳であった。
  IMG_9017-3.jpg   IMG_9020-3.jpg     
 3月5日には先月マイナンバーカードを作成して10年が経過したので新たにカードを発行して貰う手続きをしていたが、出来たとの知らせを受けて市役所に歩いて取りに行く。途中、中央桟橋の横に植えてある河津桜が満開でいよいよ春が来たなと感じた。来週あたり千光寺の桜も咲き始めるのであろうか?
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 毎日、朝5時に家を出て西に向かって吉和漁港の端まで歩いて行き、Uターンをして祇園橋まで帰りそこでまたUターンして自宅に帰るウォーキングをここ何年も行っている。冬の間は暗い中でかけ、家に帰ってきても暗かったが、今は吉和漁港の端までは暗いがUターンして東に向かって歩き出すと保健所のあたりで少し明るくなってくる。「春はあけぼの、やうやう白くなりゆく山ぎは、少しあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。」まさに清少納言の枕草子に描かれているとおりである。彼女の観察眼に今更ながら驚かされる。6時頃家に帰ってくるが大体7.4km位のウォーキングである。
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 それからNHKTVのニュースを見ながら朝食を摂り出勤する。そして待合室と従業員用のトイレ掃除をしているがこのトイレ掃除も今月2日から34年目に入った。最初は従業員の朝の準備を手助けするつもりであったがいまではトイレ掃除そのものが楽しくて仕方ない。掃除が出来る場所があり掃除が出来る元気な身体があることに感謝の気持ちがわき出て毎朝手を合わせ「有り難う」とつぶやいている。
 3月5日は啓蟄であった。そろそろ虫が出てきて活動を始める時期と言われているが。私の心の中の虫たちも出てきてそろそろ春の農作業をしろと騒いでいる。今、畑は冬野菜の収穫が終わり、早生のタマネギだけである。先日昼休みに診療室の裏手の畑を耕耘機で耕した。後は肥料を入れてジャガイモを植えることになる。小さな畑なので連作の害を心配しながらの作付けになるのであろう。霜が降りなくなる月末に植えようと思う。
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 USA・イスラエル対イラン戦争はどうなるのか心配である。ガソリン代が高くなったが、今後肥料なども高くなりそうである。
 3月15日は広島県歯科医師会の「第22回永在会」が初めて福山地区で開催され、出席をした。この会は隔年で開催され70歳以上の会員を対象とした懇談会で先達の先生方の旧交を温めていただくことは勿論、執行部あるいは地区歯科医師会に貴重なご意見及びご要望を賜ることを目的に開催されている。例年、広島地区で開催されていたが、東部地区を始め遠方の先生がたの出席が難しいとのご意見があり、今回は福山地区にて開催の運びとなった。私は今回で3回目の出席である。17名の出席で最高齢は福山地区のT先生93歳で、私は上から数えて5番目であった。
 懇談会の前に県歯副会長の熊谷先生による「本会の現状と課題」と題したお話を拝聴した。この中で歯科界の現状と課題では少子高齢化の波が業界にも差し迫ってきている。歯科衛生士や被せや義歯を製作する歯科技工士のなり手が少なく人材確保が難しいこと。
また歯科医師国家試験の合格者数の上限設定等により歯科医師合格数も減少し、更に高齢化によりリタイヤする歯科医師が増加し、人口10万人対比の歯科医師数も減少に転じている。そのため無歯科医地区が増加に転じている等の話があった。なお3月16日に今年行われた第119回歯科医師国家試験の合格発表が厚生労働省よりあった。出願者は全体で3,219人、受験者数は2,837人、合格者数1,757人で合格率は61.9%であった
 さらに広島県歯科医師会でも高齢化と共に終身会員が増加して来ている。終身会員の会費少ないために県歯の収入が少なく、会を運営することが難しくなってきている。これからは会費賦課額の見直しをせざるを得ないなどのお話を聞いた。執行部には頑張ってもらいたいと思うと同時に出来るだけ協力をしていこうと思った。
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 講演会の後、懇親会があり食事をしながら歓談したが本当に久しぶりにお会いする先生が多く懐かしく話が弾んだ。

2026年03月17日

社会保険料

 2月16日から令和7年度の確定申告が始まった。私も税理士事務所に出す資料の準備を始めた。その中に尾道市から令和7年の介護保険料の特別徴収分及び後期高齢者医療保険料の窓口納付分の通知書が送られてきている。それよると介護保険料は17万5,100円、後期高齢者保険料は77万6,900円で社会保険料は合計95万2,000円であった。
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 一方令和7年分の公的年金の源泉徴収票が厚生労働省年金局から送付されてきている。私は国民年金であるが歯科医になる前、会社員をしていたため、一部厚生年金分が入っており総額で110万9,245円であった。
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 この二つを比較してみたとき。年金から社会保険料を引くと(110万9,245円―95万2,000円)残額は15万7,245円となる。実に公的年金の85.8%が社会保険料として消えたことになる。さらに社会保険料の他、所得税、住民税の支払いもしなくてはならない。これでは年金から生活費が1円も出ない。24歳から年金をかけ始め、歯科医師になってからは国民年金を掛け通常なら60歳で掛け終わるが、あと5年間65歳までプラス掛けられる制度を利用してこの結果である。来月79歳に成るが、結局生きていくためにはまだまだ働かなくてはならない。しかし働けば税金は増額される、しんどいこと。
 さらに後期高齢者医療に係わる医療費の1月から10月までのお知らせが届いている。11月、12月分は3月に届くようである。
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 1月から10月までで医療費は199万1,790円でびっくりする金額である。これは昨年6月にPET―CT検査を行ったところ、脳下垂体、前立腺、右腎臓の三つの臓器に癌の疑いがあると診断が出たことによる。脳下垂体はMRA検査を行い、前立線は生検をしてどちらも異常がないことを確認した。腎臓は精密検査の結果癌が濃厚と診断され部分切除をして組織検査をした結果やはり癌であった。これらの医療行為により医療費が例年になく多くなっていた。丁度6月〜9月の医療費が171万7,340円となっている。よって6月〜9月分の医療費がなければ(199万1,790円―171万7340円)27万4,450円で例年と同じ程度の医療費である。
 少なくとも1月から10月までの総医療費199万1,790円の内、自己負担3割分42万3,697円と私の後期高齢者保険料77万6,900円分を差し引くと79万1,193円となりこの金額は他の後期高齢者の方に助けていただいたことになる。今までは他の方のお役に立てていると思っていたが、今回は助けられる身になり保険のありがたさを感じた。
 私自身が元気でいることが他の人のお役に立てることを自覚し身体を大切にしなくてはと思った。それと大病を患った際には年齢を考慮して延命治療などは行わないで、出来るだけ医療費のかからない方法を選んで静かに死んでいきたいと思った。
 2月8日に行われた衆議院選挙で多くの政党が消費税の減税を訴えていたが、消費税よりも社会保険料の低減がベストと訴える政党があったが、これもありかなと思う。
 ところで2月20日の中国新聞一面トップに「iPS再生医療実用化へ」「重症心不全・パーキンソン病」 「世界初 2製品承認了承」と見出しに書いてあった。
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 患者にとっては朗報であり喜ばしいことである。これが承認され価格や保険適用の議論がなされるが、重症心不全症に使用される「リハート」は1,000万円以上が見込まれ、パーキンソン病を対象にした「アムシェプリ」も高額が想定されていると書いてあった。今後、医療費は更に上がり国民の保険料負担もウナギ登りになるのであろうと思われる。
 また同じ新聞の三面には「高額筋ジス新薬保険適用」3億円超 患者期待「一刻も早く」と見出しが載っていた。
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 「全身の筋肉が徐々に衰える難病「デュシェンヌ型筋ジストロフィー」の遺伝子治療薬「エレビジス」が20日から公的医療保険の対象となった。公定価格の薬価は3億497万円で、国内最高額。3歳以上8歳未満が対象となり、歩行が可能という条件もある。年齢や病状進行で投与が制限されるため「一刻も早く使えるように」との声が上がる。・・・
 良い薬が出来て患者には本当によかったと思うが、医療費が膨大になることは必然である。国民全体が覚悟を決めなければならない。そして願わくはこの治療で一命を取り留め、育った子供達にはその重みを感じながら立派な人になってくれることを祈るばかりである。

2026年02月23日

『ルネサンス Vol 21』を読んで

 ダイレクト出版の「ルネサンス Vol 21 (2026.1.16初版発行)」を先日発売と同時に購入した。「ルネサンス」は1年に1〜3回ほど発行されているオピニオン誌で、Vol 1巻から愛読をしている。
 今回のルネサンスのテーマは「奪われるニッポン 食・医・薬・地震・カネ 巨大利権から命と財産を守る30の方法」である。
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 目次の後の前書きには
「奪われるニッポン」今、何が私たちの命と未来を犯しているのか?
私たちは日々、「安心して生きている」と思い込んでいる。 けれど、静かに、しかし確実に命・健康・生活基盤をむしばむ構造がこの国のすぐ足元で進んでいることに気づいているだろうか。
今回の特集「奪われるニッポン」は、そうした“ 見えない危機を”可視化するための試みである。扱うテーマは、食・医・薬・地震・カネ。いずれも暮らしと切り離せない領域であるにもかかわらず、国民の知らぬところで制度改変や利権構造が積み重なり、結果として「命が削られる」事態が起きている。しかもその多くは、表向きの「安全」「発展」「合理化」といった名目の裏側で勧められてきた。では、いったい何が、“奪われて”きたのか。前編の第一特集では、5名の専門家がそれぞれの分野から、現実に起きている構造的危機を明らかにしている。
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そして後編の第二特集では、同じ5つの領域について、“奪われた物をどう取り戻すか”“生活と命をどう守るか”という実践的な方法を提示していく。本冊子全体で、危機の構造と解決の道筋を立体的に描き出す構成である。』とあった。
 どのテーマも読むほどに驚くことばかりであった。
中でも特に驚いたのは第2特集「守る」編の5番目「カネ」の中に「まさかの税金に騙されないための大人の知識」(三木義一 弁護士 青山学院大学 名誉教授 元学長)の中に議員だけが救われる国会特権という“非課税天国”の項目中に書いてあった。
丁度、2月16日から令和7年の確定申告が始まる。そのための資料の収集をしている最中であり、特に驚いた記事である。
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引用させてもらうと
 『政治家は清廉潔白であるべきだと信じたい人は多いだろう。だが制度の実態を見ると、驚くほどの特権構造が隠れている。国会議員の歳費(月額129万4000円)は法律で定められている。これに加えて、旧文通費にあたる「調査研究広報滞在費」100万円が支給される。非課税である。さらに、会派ごとに支給される立法事務費は議員一人当たり月65万円。秘書3人分の給与は国が負担し、地元との往復には無料の航空券が支給される。これらを合計すれば一人当たり年間で1億円規模の支出となる。ところが課税対象は歳費だけ。つまり所得税を払うのは全体のごく一部に過ぎない。一般人が1億円の所得を得れば、約4割が税金で消える。だが議員の実質的な負担率は、一般の納税者よりはるかに低い。私たちが1円単位で税金を取られている一方で、政治家は「税金で暮らし、税金を免れる」立場にいるのだ。』と書いてあった。
 この文章を読んだとき思い出したのが2005年9月に行われた第44回衆議院議員総選挙で比例南関東ブロックから35位の出馬で当選した、所謂小泉チルドレンの杉村太蔵(26歳)氏の言葉である。「真っ先に調べたのは国会議員の給料、2500万円ですよ」、「念願のBMWが買える」などの自由奔放な発言を連発して物議をかもした。その時、国会議員の収入はすごいなと思った。
続いて記事を引用すると
 『こうした特権は法律により裏付けられている。昭和22年制定の「国会議員の歳費、旅費及び手当などに関する法律」には、「調査研究広報滞在費については租税その他の公課を課すことができない」と明記されている。要するに、法的に“非課税の聖域”なのだ。
さらに問題なのは、政治家が自らこの制度を改正できる立場にあるということだ。改正は議員同士の協議で行われる。つまり、国民が直接関与できない。自分たちの待遇を自分たちで決める。これほど甘い制度があるだろうか。しかも政党交付金までが存在する。これは政治献金の透明化を目的に1995年に導入されたが、実態は「税金による政治資金供給」である。国民一人あたり年間約250円、総額315億3600万円以上が政党に配られ、党勢に応じて分配される。議員一人当たりに換算すれば約4,000万円規模になる。
 政党は法人格を持つ。だが驚くべきことに法人税をほとんど払っていない。政治団体は「公益法人」と同じ扱いにされ、さまざまな収入があっても原則非課税だ。パーティー開催も出版も、全て“公益活動”として免税扱い。税金をもらうために法人になり、法人であるのに法人税を払わない。これほど都合の良い構造はない。
 わたしはこの構造を「二重の聖域」と呼んでいる。国会議員個人が非課税の手当で潤い、政党という法人も非課税で蓄える。二重の非課税が、政治とカネの腐敗を温存してきた。しかもこの制度は、政治家の「世襲」を支える装置にもなっている。政治資金団体を活用すれば、相続税をほとんど払わずに資金と地盤を次世代に継承できる。故小渕恵三元首相の例が象徴的だ。政治団体が持つ資産は「政治活動のためのもの」として非課税扱いになり、娘の小渕優子氏が政治家を継いだためそのまま使える。この仕組みが世襲議員を再生産してきた。税制の歪みは、政治家自身がつくり、守り続けてきたものだ。私はこの問題を講義でも必ず取り上げる。「政治家が得をし、あなたが損をする」構造を理解しなければ、私たちは永遠に、“納税の奴隷”であり続ける。』 引用ここまで。
昔は国事に奔走して家産を失い、残るは井戸と塀ばかりという「井戸塀代議士」という言葉があったがこの文章を読む限り現代にはないのであろう。
現在第51回衆議院議員選挙が公示され2月8日投開票であるが、各政党・各候補者の人達は消費税廃止等を訴えているが、ここに書いてある自分たちの特権を返上する様な
意見はない。残念である。
 さらにこの記事の続きにはその他、『「みんなで払う」は嘘 消費税の”公平“ という幻想』 『社会保険料という”第二の税金“知らぬ間に奪われる』 『紙の呪い、印紙税 紙の時代の遺物』と題するオピニオンが掲載されていたが、どれも新しい視点からのオピニオンで面白かった。
 最後にまとめとして「命・生活を守るための“30の実践策”」が掲載されていた。
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 今号の特集では、各先生方から「食」「医」「薬」「地震」「カネ」の5つの領域で“命を奪う仕組み”と“守る方法”をご教授いただいてきた。ここでは、第1集の回答編ともいうべき第2集の記事をもとに、5領域*6項目の「実践策」を提案したいと有った。
 新聞・ラジオ・TVなどのオールド・メデイアだけに頼っていたら、「トンデモナイ」ことになる。常に視野を広げるようにしなくてはと思った。

2026年01月29日

2025年から2026年へ

 今回の正月休みは12月29日から1月4日までの7日間であった。旅行などの予定も無く部屋の片付けをした後は読書三昧であった。
 最近、日本では殺人事件やオレオレ詐欺などが多発しており、昔はそのような事件はほとんど無かった。今、日本国民の心が荒んでいるとしか思えない。現在の教育が間違っているのか、親が子供に善悪の躾をしていないのか?解らない。
 それもあって何故日本人の心が荒んだのか考えると、GHQにより占領されそれまで日本人の心を形成してきた多くの良書が焚書され、しかも教育勅語も廃止され昔の精神が途切れてしまっているのではないかと思っていた。その焚書の内、昔の日本人の心を理解出来そうな復刻された本を購入していたので読んだ。
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 「我が日本学」中山忠直著(昭和14年12月) 「素描 祖国の歴史 附 演伎小史」清水三男著(昭和18年2月14日) 「葉隠れ武士道」松波治カ(昭和17年9月20日) 「神道と日本文化」清原貞雄(大正15年3月)を読んだ。1回の読書ではまだ理解出来ないところがあり、また機会を見つけて読み直ししたい。
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その他「なぜ私がワクチンを疑うのか」ロバート・F・ケネディ・ジュニア ブライアン・フッカー、林千勝解説(2025年10月10日発行)、月間雑誌「致知2月号」を読んだ。
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 1月1日は朝4:45に起床いつものように7kmのウオーキングをしたあとベランダに国旗を取り付け消防署の岸壁まで行って初日の出を拝む。昼過ぎに次男一家が新年の挨拶に来たので昼ご飯を一緒に食べながらサンフレッチェ広島レジーナとINAC神戸との試合をTVで観戦。見事サンフレッチェ広島レジーナが2:1で勝って皇后杯を手にする。
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 その後年賀状のチェックをしたところ二人出していない人があり急いで書いて本局まで歩いて出しに行く。正月番組はほとんど見なくて本を読む。
 2日は朝から箱根駅伝をTV観戦。5区箱根の山登りで青学の黒田朝日選手が驚異の走りで1位の早稲田を抜いて往路優勝を果たす。本当に素晴らしかった。明日朝のウオーキングのため10時過ぎには床につき寝る。正月だからと言って夜更かしなどしない健全な生活リズムである。
 3日も箱根駅伝を観る。青学の8区は世羅高校出身の塩出翔太君で尾道市出身でありしかも私の通った栗原中学の後輩である。応援に熱が入る。区間新記録の見事な走りをした。
平穏な正月三が日が終わろうとしていたところ、とんでもないニュースが飛び込んできた。米国が南米の「ベネズエラ大統領を拘束」したとのこと。
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 4日朝の朝刊によると『トランプ大統領は3日、ベネズエラへの大規模な攻撃を成功裏に実施し、反米左派マドゥロ大統領と妻を拘束したと自信の交流サイト(SNS)で発表した。首都カラカスで3日未明(日本時間3日午後)複数回の爆発があった。外国の元首を拘束するのはきわめて異例。近隣諸国などは米国を批判した。地域情勢が一層緊張するのは必至だ。』と出ていた。
これに関して多くの国や日本のTVなどでは国際法違反だという論調がほとんどであった。
 ところで私は国際政治学者の藤井嚴喜氏が主宰する有料のオンライン情報サービス「ワールド・フォーキャスト」を購入している。毎月定期的に(月3回配信、時に臨時配信あり)国際情勢・世界経済・国内の政治・経済などの動きを解説してもらっている。ここではTVや新聞などのオ−ルドメデイア等が報道しない事などもあり正しく世の中の動きを知ることが出来る。
 1月6日に配信された上旬号は今回のベネズエラの一連の流れについて解説されていた。それによると米国は国内に入ってくる麻薬により毎年10万人の人が亡くなっている。これは現在のアヘン戦争であるとトランプ大統領は考えており、そのため中国から入ってくる合成麻薬フェンタニルをアメリカに密輸をしないように習近平に掛け合ったりしているニュースが流れていた。このフェンタニルに関しては中国から日本の名古屋港経由でアメリカに輸出されていた。7月に一部関係者は逮捕されている。そのほかに南米コロンビアで製造されるコカインがベネズエラ経由でアメリカに密輸されていた。それをマドゥロ大統領が率先して行っていたとされる。そのためトランプ大統領はベネズエラをテロ国家と見なしその親分である大統領を拘束したとのこと。もちろん中国への威圧も有る。
 さらにベネズエラの石油産業はかってアメリカ資本との共同事業として運営されていたが1999年チャベス政権が国有化を宣言しアメリカを追い出したことも関係していると思われる。
 今回のアメリカの行動に対し国家主権の侵害だ、国際法違反だという声が上がるがそもそも国際法とは何になのだろう。2001年9月11日イスラム過激派アルカイーダ指導者のウサーマ・ビン・ラディンによってアメリカ同時多発テロ事件が引き起こされたが、彼を10年間追い続けてパキスタン国内で2011年5月2日にアメリカ軍によって殺害した。この件に対して他国で軍事行動を起こしたことに世間は国際法違反だとは言わなかった。また中国がフィリピン近くのスカボロー礁等を埋め立てて軍事基地を造ったことに対しフィリピンがオランダ・ハーグの常設仲裁判所に訴えたところ「国際法上の法的根拠がなく、国際法に違反する」と判決がでたにもかかわらず中国は素知らぬ顔で現在に至っている。その中国がこの度のアメリカの行動を国際法違反といのは可笑しい気がする。
 もっとも戦後の東京裁判において、戦争中になかった法律「平和に対する罪」・「人道に対する罪」を裁判が始まる前に急遽造りその法律でA級戦犯として裁いた。この行為は明らかに国際法違反だとしてインドのパール判事が反対意見を述べたが日本は裁かれその判決に従った。国際法とは言った何なのだろう。破るためにあるのか?
 ところで日本は北朝鮮に横田めぐみさん(拉致されて48年)など多数の人が拉致されており、政府は返すように話しているが全く相手にされない。もし自衛隊がアメリカの様に北朝鮮に攻め込んで金正恩や彼の娘を拘束したりした場合、アメリカを国際法違反というTVのコメンターなどはやはり日本を国際法違反というのであろうか?

2026年01月11日

『潜在ケアマネ12万5000人』の見出しに驚く

 2025年問題「団塊の世代全員が75才を迎え、後期高齢者になる」と言われた2025年もまもなく終わろうとしている。そんな折り12月21日の中国新聞1面トップに「潜在ケアマネ12万5000人 4割従事せず 活用へ施策も」と題した記事が掲載されていた。わたしは団塊の世代でありこれからは介護支援を受ける必要が出てくるであろう。その時ケアマネさんがいなければ要介護度も決めてもらえないし、サービスプランも立ててもらえなくなる。大変なことだ。記事では地域により要介護の人のケアプランを造るのがやっとで、要支援の人のプランまで手が回わらないという事案も書かれていた。
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 ところで私は、平成12年にケアマネの資格を取得した。当時尾道市では医師会のK会長が介護保険の導入に熱心で、何度も講習会などを行い「尾道方式」と呼ばれる流れを作られた。そのせいもあり私は平成12年、広島県が行った2回目の試験を受験し無事合格した。免許の番号は110番台であり、正に先駆者の一団に属していた。当時尾道市歯科医師会ではケアマネの資格を持っているのは私一人であった。今はどうなのか判らないがひょっとしたらやはり私一人かも知れない。
合格後も研修会などに参加したりしていたが、実際問題として「さいだ歯科医院」で一人歯科医師として患者を診療しながらケアマネの仕事はとても片手間に出来る代物では無い。結局ケアマネとしての仕事に従事したことが無く、5年ごとの免許更新もしていない。その為今回の潜在12万5000人の中にはカウントされていない。ただ5年ごとの更新せずに期限が切れたとしても、法定研修を受講すれば免許は回復するとのこと。残念ながら80才を目の前にしてたとえ私が今更ケアマネに復帰してもどれだけ役に立てるか判らない。せいぜい自分が介護認定を受ける時に少し役立つかも知れない。
 しかしケアマネの資格を取得したことで、平成12年12月から平成19年3月まで「尾道市介護認定審査委員」として多くの要介護者の認定に携わった。これは良い経験となり、ケアマネとしての資格を役立たせることが出来た。また母親が介護認定を受けるとき母親のケアマネさんと色々話しながらサービスを決めることが出来た。
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 新聞記事によると私のように期限が切れた人を除き有効な資格を持つ人は全国で計31万1千人でその約4割が従事していない。『ケアマネ従事者は2018年度の約19万人から減少傾向に転じ23年度は18万5千人で、このうち60歳以上が3割を占めた。一方全国の65歳以上の高齢者は増え続け43年には現在と比べ約1割増しの3,953万人に上りピークを迎えると予測される。介護需要が 高まるのは必至である。潜在ケアマネが復職を尻込みする理由として、賃金の低さがあり、ケアマネの24年の月額給与は平均約34万5千円で、全産業平均に比べ約4万円低かった。業務面では本来の仕事を超えた「シャドーワーク」の負担が問題化。ごみ出しや買い物支援など要介護者の世話に追われる人が多い』と書いてあった。
 行政はこういう状況を真摯に受け止め、ケアマネ従事者の復職を含めて人材確保に対策をとっていただきたい。来年度予算で介護報酬の見直しなどが行われる様であるが高市総理には是非とも積極的な施策をお願いしたい。

2025年12月23日

私もほっこり

 11月10日に「25年秋の収穫」と題してしてブログをアップした。その中で「今年は柿が大豊作でご近所様や従業員に持って帰ってもらうと同時に『御自由にお持ち帰りください』と張り紙をしてコンテナに入れて、ビニール袋も用意して待合室に出した。10月21日から11月11日までの間、何回か補充しながら置いていた。結構な人気でほとんどはけた』と書いた。
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 お持ち帰りいただいた多くの患者様の中で定期的に来院されているおひとりがこのことを中国新聞に投稿された。その投稿文「歯科で柿もらいほっこり」と題した投稿文が11月28日の「広場」覧に掲載された。その日の朝、私は新聞をさっと見ていたが気がつかなかった。帰宅したら家内がにこにこしながらお父さん柿のことが載っているよと言うので早速読ませていただいた。
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 『皮をむいて食卓に出し、おいしくいただいている。色が鮮やかで甘い。「歯医者に行って柿をいただけるなんて最高。2年前に亡くなったお母さんは柿が好きだったよね」などと夫と話しながら食べている』と書いてあった。ご夫婦の団らんが出来しかも亡くなられたお母様を偲ばれて良かったなと思った。また最後に「何でも美味しく食べられる歯を大切にしたいとおもった」と書かれていて私はぐっときて嬉しくなった。
 というのも私は今年11月6日に開業39周年迎えた。開業した頃は日本全国、虫歯の大洪水時代であった。当時、我々歯科医師は自分たちのことを「歯大工」と揶揄していた。治しても、治してもまた虫歯が出来て来院される。
 私は本来、歯科医師は歯を治療することがメインではなく、虫歯にならないようにまた歯周病に成らないようにする予防が本業だと思っている。
 このことでかって私が経験をした話をすると、開業間もない頃、一応虫歯の治療が終わり、今度は虫歯にならないようにと思い歯磨き指導でお呼びしたことがある。そして歯磨き指導をはじめたところ患者様から「今日は残業を断って來たのに、なんで歯磨きなのだ」とお叱りを受けたことがある。その時はかなりショックを受けたが最近では予防が大事だと言うことが理解されだし、スムーズにメンテナンスなどを受け入れてくださり安心して指導などが出来る。
 中国新聞に投稿された患者様も歯の大事さを理解されておられ本当に良かったと嬉しく思いほっこりした。

2025年12月04日

栗原小・中学校卒業 傘寿同窓会

 さる11月23日に昭和34年栗原小学校・37年栗原中学校卒業の傘寿同窓会が尾道国際ホテルで開かれた。十年前(2017.11.22)に古希の同窓会をして以来の開催であった。
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 中学を卒業して今年で63年になるが今までに今回を含めて8回目の同窓会で有った。
私は昭和61年1月2日に行われた3回目の同窓会から参加した。というのも高校卒業後、父親の転勤などで実家も尾道を離れていたが、縁あって昭和59年に尾道に帰ってきた。
 ところで1回目から7回目まではM君が名簿作りを始め何か何まで中心になってまとめてくれていた。しかし彼が大病を患い今回は出来ないし、参加も適わないかも知れないと言うことで、H君とIさん、Uさん達が「傘寿の同窓会」を開催しなくてはと思い立ち、私にも参加するように声がけをしてくれてお手伝いをさせて頂くことにした。
2月2日に準備委員会を4人で立ち上げ、開催日を何時にするか、どこでするか、案内はいつ頃出すか、ご招待をする恩師をどうするかなどをおよそのことを話し合った。そして第二回の会合を8月17日に行った。その間にH君があれこれ準備をしてくれ、途中経過はLINEで逐次報告を受け4人で内容を共有していた。往復はがき発送者の確認,はがきの文面チェック、決定会場の視察、会費決定などを行った。11月2日に第三回目の打ち合わせを行い、最終出席者の確認、当日の進行プログラムなどを決めた。私はほとんど顔を出すだけで後の3人が良くやってくれて万全の体制で当日を迎えることが出来た。
 出席できないかも知れないと言っていたM君も出席してくれて同期生は計33名が参集した。恩師の先生方は小学校の恩師N先生(90歳)、中学校の恩師Y先生(95歳)、K先生(91歳)のお三方が出席された。お三方ともすこぶる元気で背筋も伸びてぴりっとしておられ、私たちより老人くさくなく,むしろ私たちの方が老人くさかった。私自身先生方の年齢までは元気で居たいなと思った。
 一目見て誰かと名前が出て来る人もいれば、出てこない人は名札を見て思い出す人も居て時の流れを感じた。
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 12時に全員で集合写真を撮影、その後、私が開会の挨拶をして和やかに始まった。恩師のお話を聞きながら当時のことを思い出したりした。またその後、同級生に1分間スピーチをしてもらったがとても1分では終わらない同級生が多くいた。
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 同級生の話の多くは病気になったとか、病気を今現在抱えているとか、癌の手術をしたとか,膝関節を人工関節にしたとか,パーキンソン病になって投薬をしているとか,中には近々連れ合いを無くしたとか、10年前の古希の同窓会では聞いたことが無かった話題で、その大半は病気の話が占めており正に病気披露パーティの感があった。和やかに話が出来たし、料理も美味しかった。
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 最後は栗原中学校より校歌のCDを借りていたのでそれを流しながら皆で校歌を歌って終わった。その後8階のラウンジでコヒーを飲みながら二次会があり15:30に終了し散開した。
 私たち幹事4人はホテル代、先生へのお土産代、お車代の精算をしてお開きとした。

2025年11月24日

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