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院長のブログ

初めてのドイツ旅行 PART 10

 今日は7月8日である。ホテル出発が10:45なのでゆっくり寝て7時頃に起床、朝食後ホテル裏のスーパー「togt」に行き家内が自分用にライ麦のビスケットを購入。他にお土産としてアスパラスープやミルクチョコレートを購入した。ホテルに帰りパッキングをして準備完了。家内が帰りのeチケットが見当たらないと言っていたが鞄の中から出てきてやれやれ。
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 フランクフルト空港でチェックインを行う。この際、現地の日本人の女性が来て、アドバイスをしてくれた。チェックインに時間がかかった為、ラウンジは30分程度しか利用出来なかった。私はビール1杯とバナナ1本を食べた。
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 ラウンジから搭乗口に行く途中にDuty Freeのお店があったがそこで自分や嫁達に香水のオーデコロンを買ったりしたため集合時間ぎりぎりであった。
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 気温は18℃で空港に着いてから雨が一時降りだし雷も鳴ったため出発が30分遅れる。
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 シャンパン一杯飲んで後は映画を見る。「子連れじゃダメかしら」、日本映画の「はたらく細胞(2024年12月公開)」、この映画は血液の中の赤血球、白血球、リンパ球、血小板、NK細胞、マクロファージや肝臓、腎臓。肛門の働きなどがわかりやすい物語となっていて為になった。子供達や場合によっては看護学校などの教材になるかも知れないと思った。そして「黒い司法 0%からの奇跡」この映画は南部アメリカの黒人に対する差別を描いた物語でアメリカの暗部を見た感がある。最近、日本でも冤罪罪事件のやり直し裁判があり無罪を勝ち取った例がチラホラ見受けられる。
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 夕食は17:00頃から出てきた。和食を選んだがしっかりした良い夕食であった。
飛行機は丁度黒海上空を飛行している。その後3時間ほどでカスピ海を横断してアジア大陸上空に入っていた。22時過ぎに椅子を倒して寝る。
翌、7月9日の6時20分頃目覚める。飛行機はゴビ砂漠の上を飛んだようである。朝食も和食を頼んだ。結構美味しかった。
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 10:10頃羽田空港に無事到着。手荷物カウンターで預けたバッグを受け取り順次解散となった。その後ターミナル3(国際線ターミナル)からターミナル2には無料バスで移動。2階フロアーのANAカウンターでチェックインした後、3階のフロアーにあるビジネスカードで入れるラウンジに行き14時過ぎまで過ごす。アップルジュース2杯を飲む。
 飛行機は25分遅れで出発。無事広島空港に到着。正広駐車場に行き駐車料金を払おうとしたところ長期間利用していると言うことで1日分安くしてくれた。車を運転して無事18時前に我が家に帰り着く。郵便受けは新聞を停めていたにもかかわらず満杯であった。
 息子の処に無事帰り着いたことを電話したら荷物が届いているというので、お土産を届けに行き荷物を受け取る。
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 診療室の裏の家庭菜園はとんでもないことになっていた。私がいない間ほとんど雨が降らなかったようで、茄子の葉っぱやキュウリの葉っぱが枯れていた。またそこら中草だらけである。翌日水撒きに行く必要があるなと思った。
取り敢えず無事に帰れて良かったし、小さい頃から憧れていたドイツに行けて本当に良かった。
 終わり

2025年08月11日

初めてのドイツ旅行 PART 9

朝8時バスにてライン川ランチクルーズの出発地リューデスハイムに向けて出発。途中添乗員さんがローレライの話しをしてくれ、ローレライの歌「なじかは知らねど 心わびて・・」を聞かせてくれた。なおこの歌の歌詞はドイツの詩人ハインリッヒ・ハイネの詩を日本語にして明治42年に近藤朔風が「女性唱歌」に掲載した物である。またリューデスハイムとライン下り観光案内図を渡してくれた。
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船の予約は11:00だったのでリューデスハイムにあるツグミ横町を通り日本人が経営しているワインショップに立ち寄る。何種類かのワインの試飲をさせてもらったが、ワイン通でない私にはよく判らなかった。
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その後もう少し時間があるので希望者だけがニーダーヴァルの丘にロープウエイで行く。高台までの山の斜面はブドウ畑である。ここのブドウ畑の木は背が低く大人の背丈程度であった。理由は土地が乾燥しており湿気が上がってこないからとのこと。約230mの高台からはリューデスハイム街とライン川が眼下に見下ろせた。この丘には1871年の普仏戦勝利の記念碑が建っていて、記念碑の上にゲルマニア像があった。降りてきてマルクト広場の聖ヤコブ教会、市役所の建物などを見た。バスを降りたところにあるブレムザー城(ワイン博物館)の建物を見た。その横のブーゼーベルク城は個人のお城でバラやブドウの木がよく手入れされていた。
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11:00に乗船リューデスハイムからザンクト・ゴアルスハウゼン迄の約1時間50分のクルーズである。一番上のデッキで風に当たりながら両岸の景色を見ていた。最初がネズミの塔と言われる通行税を徴収するために建てられた関所を見る。エーレンフェルス城跡、ラインシュタイン城、右、左に見える。
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11:30からクルーズをしながら食事をする。船内では日本語での案内もありよかった。ところで食事をするので甲板から下に降りたとき家内がパスポートの入った手提げ鞄を置き忘れて降りてきたのに気づき私が急いで座っていたところに戻ってみたところ有った。ほっとする。
このライン川は旅行会社の観光ガイドによれば「ヨーロッパの父なる川と呼ばれるライン川は、スイスのアルプス山脈を源流とし、6カ国を流れて北海へと注いでいます。全長は約1,230Kmにおよび、古代ローマの時代から重要な交易路として、人々の暮らしに大きく寄与してきました。ライン川の中流上部にあたる、ドイツのビンゲンからコブレンツまでの約65Kmに渡る渓谷は、2002年に世界遺産に登録されました。このエリアは数々の城や街が点在し、良質なドイツワインの原産地としても有名で、原料になるぶどう畑が両岸に広がっています。クルーズ船に乗ってロマンチクラインと呼ばれるこの区間をいくと、古城や城砦、ぶどう畑、途中にはハイネの詩で有名なローレライの岩山などの素晴らしい景観を楽しめます」とあった。
実際今でも物流の大動脈で多くの船が行き交っていた。私がみた範囲でも石炭、コンテナ、石油などを運んでいた。
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また半分くらいきたところ中州には白亜のプファルツ城があった。またその右手にはブドウ畑の段丘に囲まれたグーテンフェルス城が見えた。さらにその先にはセーンブルク城見えた。この城は現在高級ホテルになっているとか。このように城の中には廃墟となった城、ホテルと使用されている城、博物館になっている城と色々あるようだ。城の近くには必ず教会が有った。
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有名なローレライの岩山が近づくと船内でもローレライの曲が流れてきた。スイスのボーデン湖から554Kmを過ぎた地点にあった。残念ながら私はローレライの像を見落としたが、バスにてハイデルベルクに行く途中かろうじてバスの窓からみえた。只、写真をとることは出来なかった。船を下りたザンクト・ゴアルスハウゼンの対岸にラインフェルス城という立派な城があった。
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ハイデルベルクまでは135Km,1時間半の行程である。途中雨が本格的に降り出したがハイデルベルクに着いたときは何とか止んでいた。途中ハイデルベルクの観光案内図を添乗員さんが配ってくれた。
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ハイデルベルクの街はネッカー側のほとりにある。旧穀物倉庫の有ったところから聖霊教会を見ながらカルス広場に来る。ここにはシュテファンシスターの泉があり、市庁舎の横を通り、聖母子像をみながらハイデルベルク城へのケーブルカー乗り場に向かう。
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旅行会社の観光ガイドによれば「古城の城下町として発展し、ドイツ最古の大学がある学生街として栄える。その旧市街を見下ろす高台にあるハイデルベルク城は、山の緑を背景に、赤みを帯びた建物が美しく映えるドイツ屈指の観光スポットです。13世紀に建造され、長きにわたって増築や再建が繰り返されたため、ゴシック、ルネサンスなどのさまざまな建築様式が混在しているのが特徴です。度重なる戦争や自然災害によって損傷を受け、廃墟となってしまいましたが、19世紀に街が建物の保存と復元を始め、現在は中世の雰囲気をとどめる城址として、多くの観光客を集めています。城のテラスからはハイデルベルクの街やネッカー川が一望でき、絵はがきのような風景を堪能することが出来ます。」とあった。
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5分ほどケーブルカーに乗るとハイデルベルク城についた。エリザベスの門を抜けチケットを見せて美しい中庭に入る。城のテラスからハイデルベルクの街を観る。ネッカー川に掛かる綺麗な石組みのカール・テオドール橋が見えた。建物には選帝侯の彫刻があった。
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ここで自由散策となる。城の地下にワイン貯蔵用の大樽があり、直径6m以上あり現役でその容量は22万ℓ以上とのこと。その上にも上がってみた。
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その後ケーブルカーで下に降り、マルクト広場に出る。こにはヘラクレスの泉がありその横に聖霊教会や市庁舎あった。
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その後カール・テオドール橋(アルテ・ブリュッケとも呼ばれる)に行き橋のたもとにある左手に持った鏡を差し出すような姿をしたブロンズ像ブリュッケン・アッフェの前で写真を撮って貰う。橋を中程まで歩いてみた。橋脚のテラス部にカール・テオドール候の
彫像があった。橋の左右には、白い壁を持つ2つの橋塔ブリュッケン・トーアがありその門をくぐり抜けてみた。
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その後ハウプト通りのお土産店「ユニコーン」に立ち寄る。
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そして少し自由時間が有ったので周りを散策した。赤い窓枠が印象的な、18世紀前半に建てられたバロック様式のハイデルベルク大学の旧校舎がありその前にファルツ家のシンボルライオンの泉があった。また「ユニコーン」と同じ建物の横の入り口に歯科医の小さな看板がありどうやら2階が診療室のようで有った。専門は歯内療法の様でEUの歯内療法学会に属しているようだ。
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その後フランクフルトに向かう。レストランで夕食となる。誰かがこの旅行の最後の晩餐だと言った。それもそうだなと納得。6人一組でテーブルに座る。料理は6人分のソウセイジや骨付きの肉の塊を盛ったお皿が出てきた。
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東京から参加されたご夫妻が切り分けて取ってくれたが中々取り分けにくく悪戦苦闘をされた。私はご当地ビールを飲む500mlが6.5ユーロでこの旅行で一番高いビールの値段であった。楽しかった旅行の話で盛り上がる。
その後バスにてホテルへ。明日は帰国だ。
続きはPART 10へ

2025年08月11日

初めてのドイツ旅行 PART 8

 ホテルを出発しブレーメン市内観光に出発。今日朝方は雨が降ったようだが出かけるときは止んで曇り空であった。ブレーメンはドイツ北西部の歴史ある商業都市。街の中心マルクト広場には、ゴシック建築とヴェーザールネサンス様式の市庁舎が建ち、自由と市民権の象徴ローランド像と共に世界遺産となっている。
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 また聖ペトリ大聖堂は華麗な装飾のある歴史ある大聖堂で2本の尖塔が聳え、ロマネスク様式とゴシック様式が混在した荘厳な聖堂で銀の祭壇や絵画を展示する博物館を併設しているとのこと。残念ながら入場は10時からなので外観を見学した。また広場の一角にはグリム童話で有名な「ブレーメンの音楽隊」のロバ、犬、猫、鶏の像があり街の人気者となっている。ここで記念写真を撮ってもらう。
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 見学後ケルンに向かう。約315q・4.5時間の行程である。ドイツでは高速道路アウトバーンが発達しており日本よりはるかに多くの高速道路がある。高速道路の53%は制限速度なしで、車間距離は気を付けなくてはならない。事故れば自己責任とのこと。またアウトバーンの舗装は一般道路の2倍の厚みがあるとか。大きなアウトバーンは片側3車線で日本と違って走行車線は右側、追い越し車線は左側の2車線、ただし緊急車両(パトカー、救急車、消防車等)が通る時は中央車線を開けないといけないことになっているとか。途中サービスエリアでトイレ休憩があった。今まで何度もサービスエリアでトイレ休憩をしてきた。女性トイレのことは判らないが何故か男性トイレにはコンドームや女性用リングなどの避妊器具が自動販売機で売られている。大概5〜10ユーロで日本にはない文化だ。 
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 途中から雨が本格的に降り出した。4時間ほどかけてケルンに到着。なお香水のオーデコロンはケルン市で誕生し、リラックス効果や健康に良いとしてケルンの水と呼ばれていた背景があります。
 昼食は大聖堂近くの中華レストランに入る。私はご当地ビールの「ケルッシュビール」を飲む。
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 食事中レストラン横の通りを大音響の音楽を鳴らしながらLBGTQのパレードがあり、男性が女性の服装をしたり、いろいろな格好をした人達が虹色の旗を持ったりして通過していった。
 食後、傘を差しながらケルン大聖堂の見学に出かける。旅行会社の観光ガイドによれば「ケルン大聖堂は高さ約157mの二つの尖塔がそびえる、世界最大級のゴシック様式の建築物で、1248年から600年以上の歳月をかけて完成しました。聖堂内の高さは約43mで、大きな窓は壮麗なステンドグラスで彩られ、祭壇の奥には、970年頃に作成された木製のキリストの十字架像が掲げられています。また中央の祭壇にある、誕生したばかりのキリストに捧げ物をしたといわれる三賢者の遺骨が納めれた黄金の聖櫃は必見です。建物の周りには多くの聖人たちや、聖書に書かれた場面の彫刻が施されており、外から眺めると、そびえ立つ大聖堂の大きさと、細部まで精密に装飾された外観の対比に圧倒されるでしょう。ケルン大聖堂は1996年に世界遺産に登録されています。」とある。
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 西側の入り口の前で解散、自由行動となる、まず教会を一周しながら壁の飾りなどを見て回った。
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 西側には聖母マリアの門、東方の三博士の門、ペトロの門の3つの扉があるが、真ん中の聖母マリアの扉から中に入ると聖堂の内部は厳かな空気に包まれている感じがした。
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 多くのステンドグラスがありとても綺麗である。その多くはキリストにまつわる物語の場面が描かれているようであった。ただ私はキリスト教徒でないため残念ながらその意味合いを理解出来なかった。ルードヴィッヒ1世が奉納したステンドグラスもあった。
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 北側翼廊に沿って東に進んでいくと壁にパイプオルガンが据え付けてあった。さらに進むと十字架の礼拝堂がありここには通称ゲーロの十字架(ゲロー大司教が寄贈)があった。1000年以上前の中世で最初のモニュメント的彫像の一つとみなされている。
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 そして右前方に主祭壇があった。その主祭壇を囲むように壁際に7つの礼拝堂が配置されているが、その中に「東方の三博士の礼拝堂」があり位置的に主祭壇と向き合っている。「東方の三博士」の礼拝堂と、主祭壇の間に夥しい宝石と金銀細工で装飾された「東方の三博士」の聖櫃があった。
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 そして主祭壇の斜め南側には聖マリア礼拝堂が配置されていたそこには3翼の祭壇画があり中央部のパネルは「東方の三博士」の礼拝が描かれている。
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 その他多くの彫像などが柱や壁に配置されていたが、自由行動のため添乗員や現地ガイドもなく、イヤホンガイドすらも無いため全く解から無かった。取り敢えず見学して写真を撮っただけである。大聖堂の出口にたまたま日本語のパンフレットがあるのを見つけて2ユーロで買った。ブログを書くのにそのパンフレット見て少し理解出来た。
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 見学後、雨の中をフランクフルトに向かう。190q・3時間の行程である。気温がどんどん下がりベートベンが生まれたボンに来る頃は15℃まで下がる。この旅行の初日と2日目までは35℃まであったことを考えれば20℃の差がありびっくりである。
なおボンはかって東西ドイツに分かれていたときの西ドイツの首都で有る。
 夕食はホテルのレストランで食事をした。このホテルにも浴槽はなし。明日はライン下りである。
続きはPART 9へ

2025年08月07日

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