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外部グログ

院長のブログ

初めてのドイツ旅行 PART 7

 5:30起床して食事後、8:00にホテルを出発。気温は15℃であった。まずシュベリーンへ向かう。約205km・3時間の行程である。途中雨が降り出したが到着したときは止んでいた。シュベリーン城を見るためバスを降りて歩き出したらハーフマラソンの一団と出くわす。マラソンのスタート地点がお城のすぐそばだったので、マラソンの一団が通り過ぎるまで道路が渡れなかった。1000名くらい参加していたのではなかろうか。
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 旅行会社の観光ガイドに寄れば『メルヘンな「湖上の宝石」と称えられる古城「シュベリン城」・・・・ドイツ北東部の街・シュベリーン。人口10万人弱の小都市ながら、メクレンブルク=フォアポンメルン州の州都です。「7つの湖の街」と呼ばれるように、数多くの湖や森を周辺に持つ風光明媚な街です。その湖の1つ、シューベリン湖に浮かぶ小島に建つのが「シュベリン城」。天然の要塞という地形から、元々スラブ民族の砦となっていたこの島を、1160年にバイエルン・サクソン公、ルードヴィッヒ・デア・レーヴェが攻略したのが、城の公式な創建年とされています。以来、増築、改築を重ねて来ましたが、19世紀の半ばにフランスのシャンボール城をモデルとした大々的な改築が施されました。総部屋数635室という巨大な城で、現在はその半分近くが州会議事堂として使用されています』とあった。
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 お城を一周しながら手入れがよく行き届いた庭園を散策した。途中、王女と王子の服装をした女性二人が写真を撮影していた。
 その後、城のすぐそばにある「PIER 7」というレストランでお城を見ながら昼食を摂る。
野菜サラダ、魚のスズキを油で焼いた物、ご飯は焼きめし、それに500mlのビールを飲む。
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 昼食後、ハンブルクに向けて出発。110km・1.5時間の移動で到着した。雨はかろうじて止んでいた。ハンブルクはハンバーガー発祥の地と関係があると言われている。まず世界文化遺産になっている倉庫街を見学しながら散策。多くの運河がありそれに沿って赤煉瓦造りの大きな倉庫が立ち並んでいる。大きさや数に於いても横浜や小樽の倉庫街とは比べようもない。倉庫街の少し向こうに世界大戦で破壊されたニコライ教会の尖塔が見えた。船で運河を利用して倉庫街を見て廻るクルーズもあるようである。
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 その後ハンブルク港に向かう。ヨーロッパで2番目に大きい港だとか。帆船が係留されていたり、大きな船が係留されていた。また新しく出来たハンブルク・オペラハウスをバックに写真を1枚写してもらう。
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 港の横では派手な衣装をした人達が集まって歌を歌っていた。「シュラーガーム−」というお祭りで、今日(7月5日)と明日開かれているとのこと。これは1990年代のポップスを歌う祭りとか。インターネットで検索したところ 「シュラーガーは、主にドイツ語圏で人気のある音楽のスタイルを指します。この音楽ジャンルは、キャッチーなメロディーと単純な歌詞が特徴であり、一般的にはポップ音楽の一部と見なされています。シュラーガーは、しばしば愛、友情、楽しい体験などをテーマにしており、歌唱に親しみやすさや感情的な親和性を与えます。シュラーガーはカラオケやパーティーなどで楽しまれることが多く、特に中高年層に人気があります。」とあった。
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 その後、さらに歩いてエルベ川の向こう岸に渡れる地下トンネル「エルベトンネル」に向かう。入り口にあった説明プレートによると、1907年から4年かけて、1911年にこのトンネルは完成。ザンクト・パウリ桟橋から対岸のシュタインヴェルダーまでの426.50mを地下23.50mの深さのトンネルで結んでいます。地下のトンネルへは人も自転車も車もエレベーターで上下します。人は階段でもトンネルまで下りていけルので、下りは階段を利用したが登りはエレベーターに乗った。
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 渡ってハンブルク港がよく見えるポイントに行く。このポイントに行く途中日本の「ヤンマージーゼル」の保守をする会社があった。
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 またバスに乗りブレーメンに向かう。120km・2時間の行程である。到着後まずレストランで夕食を食べる。一見ハンバーグかと思ったがジャガイモをすりつぶし肉や野菜を入れて揚げた物のようであり、なんとなく日本のコロッケのようであった。
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 ホテルは新しく浴槽もありほっとする。各部屋あてに500mlの炭酸水1本を貰った。明日は7:40ホテル出発のとのこと。
 続きはPART 8へ

2025年07月31日

初めてのドイツ旅行 PART 6

 今日はベルリン市内観光である。朝、気温14℃、長袖で出かけることにした。昨日の日本女性のガイドEさんが同行してくれた。まずバスにて「連邦議会議事堂」を見にいく。途中ティーアガルテンの中にある普仏戦争の勝利を記念して建てられた「戦勝記念塔」が見えた。塔の上には黄金の女神ヴィクトリアの像が飾られている。
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 連邦議会議事堂に到着。 この建物は1894年にドイツの帝国議会として建造。戦争で破壊されたが、ドイツ統一後に大規模な修復が行われ、新生ベルリンの象徴として生まれ変わり、1999年から連邦議会議事堂として使用されている。東西ドイツが統一され首都をどこにするか投票を行い17票差でベルリンになったとか。
 歩いて「ブランデンブルク門」に行く。途中道路の脇に「国家主義社会体制の下で殺されたシンティ・ロマのメモリアル」がある。迫害されたり殺されたりした9人のロマ(ジプシー)の人々の写真入りの屋外パネル常設展示(2012年完成)もあった。
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 「ブランデンブルク門」に続く道はシャルロッテンブルク公道であるが、1953年6月17日に発生した東ベルリン暴動を記念し、その悲劇を後世に伝えるために現在その名称を改め「6月17日通り」と呼ばれている。なおこの通りはベルリンマラソンのスタート地点である。
 ブランデンブルク門はドイツの歴史を象徴する重要なランドマーク、1791年にベルリン中心部のパリ広場に建てられた門で高さが約26m、6本の柱によって支えられている。門の上には4頭の馬に引かれた戦車と、手綱を持つ勝利の女神の彫刻が飾られている。第二次世界大戦後ドイツは東西に分断され、門の横には壁が建設され近づくことも不可能であったが1989年11月9日にベルリンの壁が崩壊したことで、東西ドイツの統一に一応の目処が立った。壁崩壊から1か月後の1989年12月3日、アメリカの父ブッシュ大統領とソ連のゴルバチョフの両首脳がマルタ島で会談して、冷戦の終結を宣言した。
 西ドイツ側から門をくぐると広場の周りには米国、フランスなどの大使館があった。ここからバスにてベルリンの壁があった事を示す場所に移動した。そこには壁が撤去された跡にレンガを敷いて残しており、壁があったことを示す刻銘も埋め込まれていた。
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 その後「チェックポイントチャ−リー」に移動する。ここは壁を行き来するための検問所で外国人および外交官、西側諸国軍の関係者が徒歩または自動車で通行するための検問所とされており、西側諸国軍関係者は他の検問所を通行することは認められていなかった。
 現在検問所の跡地には2000年に復元された小屋と標識が建ち、小屋の外側にはアメリカ兵とソ連兵の写真が表裏で大きく掲げられている。アメリカ兵の写真は旧ソ連地区側を、ソ連兵の写真は旧アメリカ地区側を向いている。
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 その後「トポグラフィー・オブ・テラー博物館」というナチスの恐怖政治を伝える博物館に行く。ゲシュタポ(秘密国家警察)の本部庁舎があったところで建物は破壊されたが地下の拷問室などの遺構があり当時の写真などが展示されていた。なおここにも100mほど壁がのこされている。
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 その後バスにてベルリンの壁「イーストサイドギャラリー」に行く。途中赤レンガの市役所とテレビ塔が見えた。「イーストサイドギャラリー」はシュプレー川沿いに続く、ベルリンの壁を利用した1.3kmの壁画ギャラリーで、ベルリンの壁に国内外のアーティスト118人による絵画が描かれている。絵画のテーマは自由や平和へのメッセージがほとんどとのこと。一番有名な絵は「独裁者のキス」で元ソ連書記長ブレジネフと、旧東ドイツ国家評議会議長ホーネッカー(右)の、おじさん同士のディープキスの絵である。本当に様々な絵があった。時間の関係であまり多くは見ることが出来なかった。
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 この後バスにて「ベルリン大聖堂」に行く。旅行会社の観光ガイドに寄れば「ベルリン大聖堂はその大きなドームがベルリンのシンボルとなっているプロテスタントの大聖堂です。1905年にヴィルヘルム2世によって、シュプレー川の博物館島にあった旧聖堂を再建して造られました。ネオ・ルネサンス様式の壮麗な建築様式が特徴のこの大聖堂は、金色の十字架を戴いた巨大なドームと周りの四つの塔が印象的な建物です。ドームの中には270段の階段が設置されており、上まで上るとベルリンの街の景色を一望できます。聖堂内の天蓋の中の装飾や、大理石の祭壇、数多くの彫刻や絵画など見どころがたくさんあります。またベルリンの歴史に残る選帝侯や国王たちが荘厳な石棺の中に眠る、ホーエンツォレルン家の墓所があることでも有名です。」
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 中に入る正に観光ガイドに書いてある通り荘厳な雰囲気で、ステンドグラスも綺麗であった。パイプオルガンの音が響いてよかった。その後塔の上まで270段の階段を上った。家内も膝が心許なかったが上る。一方通行なので上り始めたら途中で止めることが出来ない。塔の上からはベルリン市内が見渡せ、博物館島やテレビ塔などが見渡せた。
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 見学後バスにて「KaDeWe」百貨店前まで来て解散となり自由行動となる。夕方18:00に現在の場所に来ればバスが迎えに来てくれてホテルまで連れ返ってくれるとのこと。多くの人達はここで別れ各自見学したい処に行かれた。
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 私と家内は不案内であり休むことにして「KaDeWe」百貨店の7階のフードコートに行き昼食とした。色々の種類があり好きな物を好きなだけ取って会計の処に持って行く。サラダのような物はお皿ごと重さを量り、お皿の重量を差し引き中身の重さで料金が決まるシステムのようだ。ビールとエビ、サラダを食べ、その後コーヒーとケーキを食べた。合計で54ユーロ(日本円9560円)を払った。昼食代にレストランでなく、たかがフードコートだのにこの支払い額に少し驚いた.
 家内は疲れているのか食後座って寝ていた。昨夜の私のイビキがひどくてよく眠れなかったので寝不足とのこと。1時間半ほどフードコートで過ごし、下の階に降りながらデパートの中を見て回った。なんとなく日本よりは高いのかなと思った。腕時計の売り場があったので見て回った。男性用ロレックスのデイ・デイトが33,500ユーロには驚いた。時間通りバスが迎えにきてくれて無事にホテルに帰り着く。今日の夕食は各自ということなのでいつものようにホテル1階にあるスーパーで夕食を買い部屋に戻る。連泊だったが部屋掃除をしてくるようにカードを出し忘れていた。それでフロントに行きタオルをもらう。その際、部屋掃除がなかったことで、ホテルのレストランで飲み物が一杯飲める券をくれた。食後、新潟から参加されているご夫妻と一緒に出かけビールで乾杯した。
 続きはPART 7へ

2025年07月28日

初めてのドイツ旅行 PART 5

 13時前にポッダム市に到着しレストランで食事をした。料理の名は忘れたが野菜サラダとお米をベースにした料理であった。ドイツにきて初めて米を食べる。ただし米は外米。何時ものことながらビールを飲む。
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 食後レストランを出たところで新たに日本人ガイドTさんが参加された。彼女は長年ベルリンに住んでいらっしゃるとのこと。
旅行社の観光ガイドによると『ブランデンブルク州の州都であるポツダムは、18世紀から19世紀にかけてプロイセン王国の君主によって造られた宮殿や庭園、美しい街並みが残る風光明媚な都市です。フリードリヒ2世によって建てられたサンスーシー宮殿は、ドイツロココ建築の代表作とされており、広大な庭園の中にバロック様式の新宮殿や、絵画館などが点在しています。また新庭園にあるツェツィーリエンホーフ宮殿は、第2次世界大戦末期にポツダム会談が開催された場所として知られており、当時のままの姿で保存された会議室では、歴史の重みを肌で感じられます。これらの宮殿と庭園群に加え、ザクロウ宮殿、バーベルスベルク宮殿の一帯などが、世界文化遺産に登録されています』とある。
 我々が見学したのはサンスーシー宮殿でガイドさんの説明を聞きながら見学した。
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説明によるとフリードリヒ2世の「夏の離宮」として造られ、ここを非常に気に入った王は35〜74歳まで多くの時間をここで過ごしたとのこと。
宮殿は全長約100mで、内部には12の客室がある。建築様式は「ロココ式」なのだが、ここは壁から天井まで豪華な装飾に覆われていて「フリードリヒ式ロココ」と呼ばれています。
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 本当にどの部屋も絢爛豪華であった。
その後正面にまわるが途中、王の墓がありその石碑の上に沢山のジャガイモが置いてあった。ガイドさんによると、これはフリードリヒ2世が貧しい人々のためにジャガイモをプロイセン国内で普及させました。そのため庭園にある彼の墓には、いつもジャガイモが供えられていると説明を聞いた。
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 宮殿の正面に広がる庭園は左右対称に造られており、下に向かって6段のテラスがありその向こうに噴水があった。なおテラスはブドウ畑になっている。時間の関係で噴水の処までは行けなかった。
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 ところで庭園の西に、木製の大きな風車小屋が建っていた。宮殿の豪華さと不釣り合いであるがこれにも逸話が残っているとのこと。サンスーシー宮殿完成後、この風車が景観にまともに入る位置だったため、フリードリヒ2世が取り壊しを命じた。しかし所有していた農夫から生活を奪わないでほしいと訴えられ、王はこの風車小屋をそのまま残したという。ただしこの風車は1945年に火災で消失したが1993年ポツダム1000年祭を機に再建された。現在もこの逸話のためか、堂々とその風車小屋は建っている。
 次にバスにてベルリンに向かう(38km・1時間)。途中ユニクロの看板を見た。日本企業頑張っているな。
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 最初に西ベルリンのカイザーヴェルヘルム記念教会を見学。この教会は第二次世界大戦の空爆により破壊されたが、かろうじて西の入口部分が残っており内部の壁画も残っていた。

 その後、隣接する新教会に行く。この教会に入ると内部は青いステンドグラスが張り巡らされていて素晴らしい雰囲気であった。この教会には一つだけ絵が飾られていた。
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この絵はどこかで見た記憶があった。ガイドさんの話によると作者はクルト・ロイバー(
牧師・医師・画家)でドイツ第16装甲師団の軍医としてスターリングラード攻防戦に投入された。しかしドイツはここで大敗を喫した。塹壕の中で妻とまだ生まれぬ子供を思って描いた絵である。その後捕虜となり1944年に捕虜のまま死亡した。彼の描いた絵は奇跡的に妻に届けられ、そして彼女が死んだ後この新教会に寄贈されたと話してくれた。ちなみにこの絵の題名は「スターリングラードのマドンナ」と呼ばれているのだとか。
 その後レストランで夕食となる。
毎日バスで移動しているが最初から最後までどの位の距離を走るのかと添乗員さんに尋ねたところ、行程表に書かれている走行距離を計算すると2346kmとのこと。これは本州の長さの2倍であり、青森から鹿児島を1往復する距離である。びっくりである。
 20:00過ぎにホテル到着まだ外は明るい。日の入りは21:30頃である。
このホテルに2泊の予定である。
続きはPART 6へ 

2025年07月24日

初めてのドイツ旅行 PART 4

 朝6:30にホテルのレストランで朝食を摂る。立派なレストランであった。
8:30にホテルを出発してドレスデン観光を徒歩で行う。ホテルの周りが観光地という感じである。ドイツ人女性の現地ガイドが案内してくれた。非常に流暢な日本語を話され冗談も上手である。聞けばフンボルト大学で日本語を学び日本の「東海大学」に留学していたとのこと。
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 最初フラウエン教会の外観を見る。美しさが際立つバロック様式の建物である。入場は10:00からなので後ほど内部を観ることになった。観光ガイドブックによると『「フラウエン教会」は、1726年〜1743年に建築されたルター派の教会。1945年の空襲によって廃墟と化したが、ドレスデン市民や各国からの寄付により、11年かけて2005年に再建された。廃墟の中に残された石を外壁に約3,800個を再利用している。また元々塔の上に立っていた十字架は瓦礫の中から発掘されましたが、修復はせずに戦争記念碑として教会内部に展示されています。現在塔の上に立つ十字架は、イギリスから贈られたものです。フラウエン教会は、平和と和解の象徴として人々に親しまれています。』
 写真の中で黒い部分が瓦礫の中から掘り出した石材を使用しているとの説明があった。
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 次に君主の行列を観に行く。旅行会社の観光ガイドによれば『君主の行列はドレステン城の外壁に描かれた壮大な壁画です。マイセン陶磁器で有名なドレスデンらしくこの絵画もマイセン陶磁器を使っており、世界最大のマイセン陶磁器作品として知られています。元々は1871年から1876年にかけてヴェッティン家の800周年を記念して描かれた物でしたが、耐水性を高めるために1904年から1907年にかけて23,000枚のマイセン磁器タイルに置き換えられました。全長102メートルに及ぶこの壁画には歴代のザクセン君主35人が描かれており、その壮麗さは圧巻の一言。フォトゼニックなスポットとして、写真撮影をする人が耐えません。ドレスデンの歴史と芸術を象徴するこの壁画は、一度訪れてみたいスポットです。』とあった。
 その後大聖堂(旧宮廷教会)の建物を観る。この建物はカトリックに改宗したアウグスト2世の息子によって建てられた教会で、大きさの違う2つの箱を重ねたような外観が特徴的。中にはマイセン磁器製の「ピエタの像」がある。昔からドレスデンのランドマークとして親しまれていた。
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 さらに州立歌劇場ゼンパーオペラの建物を見ながら説明を聞く。ザクセン王国の宮廷歌劇場として1841年に完成。作曲家ワグナーが音楽監督に就任し、『タンホイザー』の初演が行われたことでも有名である。第二次世界大戦時に爆撃により全壊したが40年後に再建され世界で最も美しい歌劇場として名を馳せているとのこと。
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 次にツインガー宮殿に行く。ドイツを代表するバロック様式の宮殿です。1728年にザクセン選帝侯アウグスト1世によって建てられたこの宮殿は、ギリシャ神話の神々などの彫刻で飾られた壮麗な外観の建物が、中庭を囲むように配置されています。この建物の中にはラファエロの「システィーナの聖母」をはじめとした絵画や彫刻などが見られるアルテ・マイスター絵画館や、歴史的な科学機器を収集した数学・物理サロン、マイセンや日本、中国などの磁器が展示されている磁器博物館などの文化施設が併設されている。第2次世界大戦の時の空襲で大きな被害を受け、その後、修復・再建されて美しい姿の宮殿に蘇ったとのこと。
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 ただし現在中庭は工事中であったため、中庭には入れず外から観ただけである。9:15に鐘が一つ鳴った。15分刻みで鐘が鳴るのだとか。
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 その後エルベ川が見渡せるブリュールのテラスに向かう。途中大聖堂(旧宮廷教会)の横を抜けテラスに出ると左手に旧市街と新市街にかかる石作りのアウグストゥス橋を見えた。右手の橋は工事中であったが、ガイドさんの説明では昨年9月11日の朝、橋が突然崩れ落ちたが幸いけが人や死者は出なかったとのこと。今再建中だとのこと。
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10:00になったのでフラウエン教会の中を見学する。中の装飾や直径約25mもある大ドームの丸天井には4人の福音史家が描かれていて素晴らしい見事な絵であった。ここでガイドさんとお別れとなる。
ホテルに戻り荷物を取って10:30にポッダムに向けて出発。204km・3時間の行程である。
続きはPART 5へ

2025年07月21日

初めてのドイツ旅行 PART 3

 朝6:30にレストランに行くとツアーの人たちが昨晩は暑くて寝るのが大変だったと話をしていた。添乗員のMさんがヨーロッパに熱波が来ていると話してくれた。8:00にフロントに集合し、添乗員のMさんから散策マップを受け取りそれを片手にローデンベルク城壁内観光に出かける。ホテルからガルゲン門まで5分ほど歩いて門をくぐると風景が一変した。木組みの家が建ち並び中世の世界に飛び込んだ感じがした。
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 旅行社の観光ガイドによると『「中世の宝石箱」と称されるローテンブルクは、城壁に囲まれた旧市街に石畳の道や塔、木組みの家々が続く絵本に出てくるような美しい街です。9世紀、タウバー川を望む丘の上に城が建てられたのを機に城下町として発展し、その後、戦争などの困難を乗り越え、現在は中世の面影を伝える街として多くの観光客が訪れています。街中には、クリスマスマーケットが開催されることで有名なマルクト広場や、キリストの聖血が祀られている聖ヤコブ教会などの観光スポットが点在しています。街を囲む城壁には遊歩道が設置されており、美しい街並みを見下ろしながら散策が楽しめます。またカフェやお店が入り口に掲げている可愛らしい吊り看板も見どころの一つです。』とあった。
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 白い塔をくぐり、聖ヤコブ教会の横を通りマルクト広場にやってくる。立派な市庁舎とからくり時計がある市議会員宴会会館の建物がある。市庁舎は1250年に建てられたが1501年の火事で東塔が焼け新たにルネサンス様式で再建された、このからくり時計には17世紀の三十年戦争で、ティリー将軍率いるカトリック軍に占領された。このとき街は破壊される予定であったが。将軍が大杯のワインを飲み干すことが出来たら処刑や破壊を免除すると提案。老ヌッシュ市長が名乗り出て見事に飲み干したという。街を救ったこの逸話は「マイスタートゥルンク(市長の一気飲み)の伝説として語り継がれている。
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 時報ごとに窓が開いて将軍と市長が現れるとのこと。現場に到着したときはまだ8時35分だったので時間まで他を散策することになった。同じ広場にあるゲオルクスの泉を見る。これは街で一番美しいといわれる泉で1446年に設置され1608年に後期ルネサンス様式に改築され中央の石柱には竜を退治する聖ゲオルクス像がある。横の木組みの家は1488年建造の貴族の館で最も貴重な私邸とのこと。
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 マルクト広場から5分程歩くとプレーンラインという場所に出る。その途中にローデンブルクの街の青銅の模型が展示されていた。また「フランケンワイン専門店」と日本語で書かれた看板掛けているお店があった(経営者は日本人なのかな?)。鍛冶屋通りの坂道を下った先、道が二手に分かれる一角が平らな場所という意味のプレーンラインであり、魅力的な木組みの家が立ち、背後に石積みのジーバー塔がそびえる風景は街で一番の撮影スポットといわれている。
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 時間が来たので引き返し、「からくり時計」を観に行く。窓が開いて像は見えるが、窓から飛び出してこないのではっきりと見届けられなかった。ここで一度解散となる。家内は膝が悪いのでそのままホテルに帰る。
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 私は添乗員さん達と一緒に一年中クリスマスの飾りを売っている店や、街の名物菓子「シュネーバル」で有名な店を見ながらブルグ門を抜けてブルグ公園に行く。その公園の端までいって城壁の外を見る。この城が断崖絶壁の上にあり下にタウバー川が流れているのが見えた。帰りにレーダー門の脇の階段を上り城壁の上の通路から街を眺めたりした。
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 ホテルに戻り、10:00バンベルグに向けて出発。150km・2時間の行程である。旅行社の観光ガイドによると『「バンベルク」は「バイエルンの真珠」とも称せられ、街全体が世界遺産に登録されています。大聖堂、新宮殿、カラフルな木骨組の家など中世の街並みが人々の生活と共に守られています。またレグニッツ川の中州に建つ「旧市庁舎」は、橋と一体化したようなユニークな建築で、1000年以上の歴史ある街の象徴として愛され続けています。』とある。
 到着後レストランで昼食。シュニッケルとビールを飲んだ。その後レグニッツ橋の上に立てられた旧市庁舎に行き、写真を撮る。
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 この旧市庁舎はレグニッツ川の中に立つ眺めのよい観光名所で15世紀に建造、18世紀に改築された街のシンボル、川にせり出すように立つ木組みの家が特徴で外壁にフレスコ画が描かれていた。この後、自由行動となる。バンベルク大聖堂は少し丘の上にあり、家内は橋の上で待つことになる。一人で出かける。大聖堂はハインリヒ2世が1012年に建立。しかし現在工事中で一部しか見られなかった。廃瓶や廃ガラスなどを使って作られた人物像などが外に飾られていた。その後新宮殿をぬけバラ園に行く。季節が遅くかなり枯れていたがまだ見ることが出来た。
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 集合後バスにて今夜の宿泊地ドレスデンに向けて出発。ドレスデンはロマン派歌劇の巨匠でウイルへルム2世の庇護を受けたワグナーの出生地である。途中、添乗員さんがワグナーの代表作「タンホイザー」と「ローエングリン」の曲の一部をバス内で流してくれた。昨日訪れたノイッシュヴァンシュタイン城の「歌人の間」を思い出した。
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 丁度18時にヒルトンホテルに到着。今日は夕食の予定はなく各自勝手に食べることになるのだが、添乗員さんと近くのスーパーに買い出しに行く。全員が出かけたのには驚いた。サンドイッチ・牛乳・ヨーグルト・ビール、人参、バナナ、ブルーベリーを買って帰り夕食とした。ヒルトンホテルにはバスタブがあり4日ぶりに風呂に入りゆったり出来た。


2025年07月21日

初めてのドイツ旅行 PART 2

 朝5時起床し出発の準備をして6時に食堂に行くと6:30からといわれたが、ホテルの人が食堂の人に聞いてくれてOKとなり1番に食べ始めた。バイキング形式の朝食であった。チーズも何種類かあり、パンも何種類かあった。日本でも見たことのあるパンにした。
 7:30フロントに集合し7:42ホテルを出発。いよいよドイツ東西南北一周のツアーの開始である。今回のツアーは7組のご夫婦と4名の単身者の18名であった。それに添乗員さんと阪急交通社の女性社員のTさん(彼女は旅行の状況を本社に報告する任務があるとか)、そしてバスの運転手さんの総勢21名での移動となった。
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 せっかくミュンヘンに来たのだが残念ながらミュンヘン市内の観光は無くそのままミュンヘンより少し南西にあるヴィース巡礼教会に向かう。104km、約2時間の行程である。途中車窓からは黄色に色づいた麦畑やトウモロコシ畑を見た。また所々で生えている木は針葉樹のようである。まるで北海道の帯広あたりを走っている錯覚に陥る。そして所々太陽光パネルが畑の中に敷き詰められていたり、風力発電の風車が廻っていたりしていた。さすがSDGs(持続可能な開発目標)の盛んな国だと思った。
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 世界文化遺産に登録されているヴィース巡礼教会はバイエルン州のアルプスの麓、のどかな田園風景が広がる中に白い教会がぽつんと建っていた。阪急交通社の観光ガイドによれば、『外観は地味なイメージを受けますが、中に入ると想像を絶する内装に驚愕である。ロココ様式の最高傑作と言われ、その装飾の美しさに圧倒される。特に天井画は「天から降ってきた宝石」と称えられている。教会の正式名称は「鞭打たれるキリストの巡礼堂」で、マリア・ロリーという熱心な信者の祈りにより、キリスト像がある日涙を流したという伝説が残されている。この奇跡は瞬く間に知れ渡り、元は小さな礼拝堂でしたが1757年に現在のヴィース巡礼教会がたてられた。1983年に世界文化遺産に登録された。』とある。
 中に入って見学をするに当たり添乗員さんから写真はOKだが、しゃべることは禁止だと言われた。中は本当に見事であった。
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 見学後バスの駐車場横の土産店でトイレを利用したが、有料で1ユーロ(177円)を出して入る。小便一回177円には驚かされた。この後レストランやホテル、阪急交通社が提携している産物店を除いて必ず1ユーロが必要になり1ユーロコインを常備するようにした。もちろん高速道路のサービスエリアのトイレも1ユーロであった。
 その後バスにて30分程移動すると世界の名城の1つとして名高い「ノイシュヴァンシュタイン城」に到着する。ずっと前から見たいと思っていた城である。
 旅行会社の観光ガイドによれば『ロマンチック街道の終着点近くにあるノイシュヴァンシュタイン城は、その美しい外観や、城内に白鳥のモチーフが多く見られることなどから「白鳥の城」と呼ばれています。19世紀にバイエルン王国の第4代国王ルートヴィヒ2世によって建てられたこの城は、舞台画家によって設計され、豪華な装飾が施された王座の間や歌人の間などの部屋、王が心酔していたワーグナーのオペラ作品をテーマにした絵画など、見どころが満載です。この城の建築には巨額の資金が投入されましたが、国王の死後は建設が中断されたため、未完成のままの部分も残っています。ディズニーランドにある城のモデルともいわれ、ヨーロッパに数ある城や宮殿の中でも最も人気のあるスポットの一つです』とある。
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 添乗員さんからお城へのルート図をもらう。昼食をするレストランの駐車場にバスを停め、そこからシャトルバスの出発点まで歩き、お城の入場券を購入してバスにてお城の近くまで行く。ところでシャトルバスの出発地点のすぐ上の山にホーエンシュヴァンガウ城があった。この城はルートヴィヒ2世が少年時代を過ごした城である。
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 シャトルバスを降りて少し歩くとペラート渓谷に架かる吊橋のマリエン橋がりありそこから崖の上に立つノイシュヴァンシュタイン城が綺麗に見えた。お城への入場は予約制で時間が決まっているためお城の前で少し自由時間となった。ただし遅れると入場は出来ない。近くの展望台からもお城や周りにあるアルプ湖とそこに点在する田園風景がきれいに見えた。お姫様のドレスを着て記念写真を撮影する観光客がいた。
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 入場すると写真撮影は禁止で日本語の音声ガイドを頼りに見物したが30分程しか見学時間が無くゆっくりは見学できなかった。
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 見学後昼食予定のレストランまで徒歩で帰るか、馬車に乗って帰るかであるが、家内は膝の手術をしていることもあり馬車に乗って帰ることに、もちろん有料である。私は歩いて帰ったが40分程度かかった。徒歩ルートも、馬車ルートもおなじ道だが、馬車を引く馬が途中排便するので時間を決めて清掃車が馬糞の処理をしていた。
 昼食はこの地方の名物「マウルタッシェン」とか。ジャガイモ主体のりょうりであった。歩いて降りたので500mlのビールを飲む。5.5ユーロであった。
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 その後約265km・4時間かけて宿泊地のローデンブルクに向かう、バス内で外気温表示がされたが何と33℃と表示されドイツは涼しいと思っていたのだがびっくり。
 ホテルについてびっくり仰天、ホテルには冷蔵庫も、クーラーもなく扇風機が1台あるだけである。また浴槽はなくシャワーのみであった。
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 以前フランスのモンサンミセルに行ったときと同じ状況である。窓を大きく開け、扇風機を回しながら寝た。幸いなことに日本と違って虫は入ってこなかった。

2025年07月18日

初めてのドイツ旅行 PART 1

 昨年5月のエジプト旅行から1年振りの旅行である。昨年10月に阪急交通社の「広島・岩国・鳥取・米子発着<羽田発着>ルフトハンザドイツ航空ビジネスクラス ドイツ大周遊11日間」に申し込んでいた。パンフレットは羽田からのスケジュールである。
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 ドイツには幼い時から行ってみたいと思っていた。というのも母方の祖父が横須賀海軍工廠の技師として勤務していて、昭和8〜9年にかけて部下2人と共にドイツ・キールに留学し潜水艦や軍艦のエンジンの研究をしていた。この時のエピソードを色々母親から聞かされていた。祖父がドイツに行くとき祖母は丁度妊娠していたが、男の子が生まれたら「鐵雄」と名付けるように言い残して出かけたとのこと。母によるとドイツを統一して初代ドイツ帝国首相になった鉄血宰相ビスマルクにあやかったのだという。無事男の子が誕生して叔父は鐵雄と名付けられたと聞いた。そんなこんなでずっとドイツに憧れていた。
 6月29日12時半に自宅を出て空港近くの正広パーキングに車を預ける。広島空港国際便カウンターにある阪急交通社の窓口に行く。ここで羽田までの往復のeチケットを受け取る。どうやら広島空港から出発するのは私たち夫婦だけのようである。飛行機に乗る前に空港の為替カウンターで日本円をユーロに替えてもらう。何と1ユーロが176.79円であった。昔イタリアに行ったときは120円台であったが、今は日本円の価値が下がってしまっている。
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 出発までいつもの空港のラウンジで過ごそうと思って行ったところ昨年12月に閉鎖され、3階に新たなのが開設されていた。今までのラウンジと違って外の景色がよく見え飛行機の離着陸もよく見える。ビールを一杯飲んで出発便を待った。
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 15時35分発のANAで羽田に向かう。前泊のホテルは「東横INN羽田空港1」で羽田空港からホテルまでのシャトルバスを探すのに大きなトランクを引きずっての移動は大変であった。ホテル到着は18時を廻っていた。夕食は付いてないので家内とホテル前のコンビニに行き、おむすび、カット野菜、牛乳などを買って帰り部屋で食事をした。早めに床に入る。
 翌朝、羽田空港第3旅客ターミナル、3階出発ロビー「阪急交通受付カウンター」に7:30集合となっていたのでホテルのシャトルバスで向かい無事7:15には到着。既に添乗員のMさんが来ておられて説明を受ける。日本―ドイツ間のeチケットお客様控え及び海外旅行保険の控えをもらう。9:30発の飛行機なので9:00には搭乗口に集合するようにいわれた。チェックインをし、トランクを預け出国手続き、手荷物検査をしてもらう。集合時間まで少し時間があったのでルフトハンザとANAの共用ラウンジに行き休息。
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 時間通りに出発ゲイトに行き無事搭乗、ほぼ定刻に飛び立った。これから14時間ちょっとの飛行である。ドイツとの時差は7時間である。少しして昼食の機内食(洋食)が出た。
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 機内では何もすることがなく何時ものように映画鑑賞三昧となる。ジャンルは日本映画または外国映画でも言葉は日本語または字幕が日本語で選択した。最初に見たのは2024.7.26公開の「もしも徳川家康が総理になったら」。次に25.3.22公開の「光る川」、24.8.23公開の「恋を知らない僕たちは」、24.1.12公開の「ある閉ざされた雪の山荘で」、そして2013年公開のアメリカ映画「オブリビオン」と5本立てで観た。この映画鑑賞でほぼ10時間を費やした。映画鑑賞の途中に軽食として和食が出た。日本時間でいえば夕食なのかな?
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映画のあいまにフライト状況の確認を行い現在どの辺りを飛んでいるのか確認をした。ロシアとウクライナが戦争しているすぐそばを飛行している事が理解できる。
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 ドイツ・ミュンヘンに近づくとアルプスの山の上に雪が残っているのが見えた。またドイツ国内が平野で畑が一面に広がっているのも見渡せた。予定通り現地時間17時前(日本時間真夜中)にミュンヘン空港に降り立ちドイツに入国。心の中で「じいちゃんやっとドイツに来たよ」と叫んだ。バスにて宿泊ホテルに向かう。
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 今日は夕食がなく添乗員さんがホテル近くのコンビニを教えてくれた。同じツアー仲間の人達と一緒にコンビニに向かう。サンドイッチやバナナ、ハイネケンの缶ビールを購入してホテルの部屋で食事をした。コンビニで商品価格を見ると日本よりかなり高いなと感じた。ホテルには浴槽はなくシャワーだけであった。早めに床につく。

2025年07月14日

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