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8月11日に「第65回全国歯科大学同窓・校友会懇話会」が徳島大学主幹で行われた。何故か今迄、徳島の地には足を踏み入れたことが無く、尾道から新幹線、岡山からマリンライナー、高松から特急を乗り継いで到着。瀬戸大橋は車では何度か渡ったことが有るが、列車で渡ったのは初めてであった。ただ景色は橋脚や構造物が邪魔をして見えにくく車で渡る方が良いと思った。 12:30より会が始まり今年の講演会は国立大学法人 徳島大学大学院医歯薬学研究部(法医学分野)の西村明儒教授による「大規模災害時の死体検案活動について」と題してご講演をいただいた。 1995年阪神淡路大震災で初めて日本法医学会主導の専門家派遣がなされ詳細な死因調査がなされた。連休明けの早朝、ほとんどの人が自宅で就寝している状況で発生していたため崩壊した住宅の下敷きで死亡するものが多く個人識別は比較的容易であった。当時、個人識別は、容貌や身体的特徴、着衣、所持品、レントゲン写真や歯科治療痕、指紋、足紋等を指標として行われ必要に応じてDNA検査が実施された。その経験をもとに専門家派遣体制が整備され2011年東日本大震災での対応に受け継がれた。先生は両災害に出動され活躍されたとのこと。先日も平成30年7月豪雨災害が起こり200名以上が亡くなられている。今後起こると言われている南海トラフ巨大地震ではより多くの方が亡くなられると予想され、身元調査が重要となるとのこと。近年DNA鑑定検査法が急速に進歩して来ているが、高度焼損死体や腐敗の著しい遺体ではDNAの抽出が困難な場合が有り、歯科の治療痕の必要性は揺るがないとのこと。とりわけ歯牙の中にある歯髄がDNA鑑定に役立つとのこと等を語られた。 懇親会後、徳島大学歯学部同窓会の配慮で阿波踊り前夜祭を観覧することが出来た。
阿波踊りはTVのニュースなどで観た事があるだけで、踊り子さん達が目の前で踊っているのを観るのは初めてであった。6月頃から阿波踊りがもめていることを聴いていたが、前夜祭会場は熱気に包まれていた。本番は翌13日から15日までの4日間徳島市内の路上で行われるが、前夜祭は「アスティとくしま」で行われた。私の席は舞台から5列目で非常に良い席であった。 前夜祭に参加された踊り子さんは各「連」から上手な人が選抜されて出ているとのこと、総勢600人が出ておられ、最後の総踊りは圧巻であった。本当に良い経験をさせてもらった。 その後徳島県在住の後輩達が一席設けてくれ色々の話が出来て良かった。 ところで、12日に帰って来て「日本経済新聞」を読んでいたら、昨日私の観た前夜祭の様子の記事が載っていた。400年もの歴史のある阿波踊り決して消えることの無いように続けて欲しいものだ。
2018年08月15日
大学の父兄後援会「中・四国支部長」を20数年間つとめているが「全国支部長会議」という名目で毎年1回札幌に出張がある。ところが昨年9月から北海道医療大学歯学部同窓会の副会長になり、札幌に出向く回数が増え今年はすでに3回出張、更にもう1回予定がある。 7月14日断水騒ぎのなか札幌に向かったが、広島空港内のお土産屋や食堂は閉まったまま、またトイレの使用も節水が叫ばれていて少し異様な感じがしていた。しかし8月4日に行ったときは出発ロビーのお店も開店していて賑やかさが戻っていた。 普通、人は札幌出張と聴くと心ときめくかもしれないが私の場合、札幌出張をしても味もすっぽも無い。一泊2日の出張で、土曜日に行って夕方会合に出席、翌日とんぼ返りで観光などすることも無い。ただ帰りの飛行機が15:05のため数時間の余裕があり、朝チェックアウト後、ホテル近くにある赤レンガ造りの北海道庁旧本庁舎の建物を見て、構内の池などを散策する、その後大通公園に出てテレビ塔を観ながら散策、そして時計台を見て札幌駅に帰るのが一般的である。時に友達と会ったり、札幌駅にある映画館で映画を1本見て帰ることもあった。 連日35度を超える広島から見ると札幌の気温はありがたさを感じる。4日の14時過ぎの気温が23℃で歩いてもほとんど汗は出なかった。今回は同窓会の理事会に出席し、2次会の設定もなくそのままホテルに引き上げ寝る。翌朝例のごとく道庁に行く。たいていは正面だけ見て帰るのだが、今回初めて赤レンガの建物の裏側にまで足を伸ばす。 ゆっくり見るとこの建物の素晴らしい造作に驚く、構内に建物の歴史的説明があった。また北方領土の返還は道民にとっていや日本国民にとっての悲願であるがそのことを記載した案内板もあった。
今年は明治維新150年、また北海道命名150年でもある。記念式典の案内ポスターが道庁の庭に掲示されていたが天皇・皇后両陛下が記念式典にご臨席されたことが6日の中国新聞の記事に載っていた。 新千歳空港からエアポートライナーに乗って車窓から外を見ると一面「じゃがいも畑」などが見える。その畑の脇にはまだ手つかずの森などがあり、150年前はすべてが原始林でそれを開墾して今の畑になったことに想いを馳せると先人の努力に頭が下がる。以前、吉永小百合主演の映画「北の零年」で開拓の様子が描写されていたが実際はもっと過酷では無かったのだろうか。 大通公園はこの時期お花で飾られ見る人を楽しませてくれる。 それから時計台の方に回る。7月14日にきたときもそうであったが、現在改装工事中で閉館状態。屋根や外壁等の塗装が劣化していることから塗り替え工事などの外部工事が6月1日から10月31日までの予定で行われている。時計台は工事用のシートですっぽり覆われているが、粋なことに正面のシートには時計台の等身大の写真が貼られており、あたかも時計台がそこにあるように見える。観光客に配慮したのであろう。工事中でもそこに時計台が有るように写真撮影などで楽しむことが出来る様だ。 結局1時間半くらい散策後新千歳空港に向かう。空港はいつものように多くの観光客で賑わっており、中国系、韓国系などの外人観光客が目立つ。また日本ハムファイターズのグッズを売るイベントなども有った。カープファンとしては買う気にはなれなかった。 孫の土産を買い早々にチェックインして搭乗口のイス席で待つ。翌8月6日の原爆記念式典に参列されると思われる小学生の一団や大人の人たちもかなりいたようである。 広島空港に着いたとたん汗が吹き出してくる。やっぱり広島は暑い。 あと1回行かなくてはならないな。
2018年08月10日